京都痕跡街歩き

街角にひそむ歴史の痕跡を探して

【相国寺・七重塔】 幻の大塔を求めて④

前置きが長くなりましたが、相国寺大塔の場所をさがしませう。

 

①地名②古地図③洛中洛外図屏風④古文書⑤高低差からアプローチしてみます。

 

◇地名

前回、相国寺大塔の基壇が、一辺:30m、高さ:2m以上と推定しました。

非常に大規模な基壇だったので塔が焼失した後も長期間、基壇は残っていたようで、

地域の特徴を示す地名となりました。

その名は「塔之段町」!! そのまんま。

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上塔ノ段町付近が有力な候補地です。

(地名は偉大!!有史以前、縄文時代までさかのぼれる地名もあるかもね~)

 

◇古地図

続いては古地図からのアプローチです。

前出の中古京師内外図によれば、赤く囲った部分が相国寺大塔があったそうです。

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しかし、

縮尺が明らかに変なので、参考程度の資料です。

上塔之段町にあったことの裏付けにはなりそうです。

 

洛中洛外図屏風

洛中洛外図屏風(上杉本)は、相国寺七重大塔より眺めた景色を書きとったとの説があります(石田尚豊「洛中洛外図屏風についてーその鳥瞰的構成ー」)。

屏風の寺社仏閣の位置を実際の地図に落とし込むと一点(塔之段町付近)から放射状に配置されていることが分かり、屏風は相国寺七重大塔からの眺望であるとの仮説がなりたつそうです。

 

この説が正しかったとすると、塔から真西を見た風景が屏風の中心になります。

洛外図屏風の中心は、相国寺三門です。

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 つまり、三門を通過する東西のライン上に相国寺大塔があることになります。

下の図でいうと赤いライン上です。

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◇古文書

古文書からのアプローチ

相国寺塔供養記】

この資料は、相国寺七重大塔の落慶法要の様子を記述したもの。

その中に、「落慶法要の際の僧侶の控え室が、塔の東門の外、南北に斜めに伸びる道沿いにたてられた」という記述がある。

 

このことから、大塔が現在の寺町通り寄りにあったことが推測される。

 

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京都は原則として南北の碁盤の目状に道が配されています。寺町通りも今出川通りまでは南北に伸びています。しかし、今出川通り以北は鴨川の影響で北西に傾きはじめます。相国寺塔供養記の東門付近の道筋は、現在の寺町通り付近にあったものと推測されます。

【薩戒記】

「塔は、相国寺の敷地の外にあり、富小路通の東、毘沙門堂の南にある」

室町時代富小路は、現在の麩屋町・塔之段通りに相当し、毘沙門堂は現・毘沙門横町に相当する。なので、大塔推定地は次の図のようになる。

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◇高低差

基壇は大規模だったので、現在でも微高地として残っているはず!!

10tトラック×300台分以上の盛り土が簡単になくなるはずがない!!

そこで、上塔ノ段町付近をカシミールで5cmおきに高低差表示する。

しかし・・・

目立って高い場所はみつからなかった・・・

高低差を強調して表示するとやや他の場所よりも浮き上がって見える部分がある。

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この辺が怪しい??

しかも周辺は少し低くなっている。

周辺の土を使って基壇をつくったに違いない(妄想)。

 

    ↓ 結論としては・・・

 

 

総合的に以下の部分に大塔があったと無理やり結論づけました(泣)

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 以下が現地の写真。

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少し高低差があるが、やっぱりびみょー。

 

結局、相国寺大塔は幻のままでした。

 

東大寺・西塔跡には瓦の破片が散乱していますし、日本史上最大の仏塔だった相国寺大塔跡からも瓦片が出てくるはず!!真相は発掘調査までお預けです。

 

【追記】

 

もし、相国寺七重大塔が現存していたら…

 

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 出雲路橋から見たら、こんな感じかな。もう少し高いかも…

 

※七重塔についての新発見

これまで七重塔の存在は文献から知られていましたが、物証も新たに発見されました。


まぼろしの相国寺七重塔を復元する
金閣寺における九輪断片の発見によせて-

http://www.kyoto-arc.or.jp/news/leaflet/336-2.pdf