【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎⑧
◆唐のにぎわい
若き空海が中国に渡ったころ、
唐には
シルクロードと海洋交易を通じ
西方の文物が大量に流れ込み、
国際色豊かな大都市として発展していた。
唐の酒楼(高級ナイトクラブ)では、
白人の鼻の高いイラン・ソグド系の女性(胡姫)が
アイシャドーを塗り、
ワインで貴族や商人の男や放蕩息子をもてなした。
また、酒楼の華は、胡姫の舞う胡旋舞であった。
胡旋舞は
イラン系ソグド人の舞で、
長い布を身に着け布を棚引かせながら
クルクルと舞う様式の舞踊である。
詩文にあるように
「羅」というシースルーの衣服だけでおどったら、
世の男どもを悩殺するには十分だっただろう。
エキゾチックで欲望渦巻く唐の空気は、
若き空海の目にはどのよう映っただろうか。
伝統に風穴を開ける俗世のエネルギーを感じたかもしれない。
唐の人のオリエント・フリークは相当なもので、
中国の古来思想と異なる思想をどんどん取り入れていった。
異質の宗教がすんなりと中国に入り込んだ一つの一因に
異国の世俗的文化の魅力が
中国人の異文化に対する警戒感をやわらげたからなのだろう。
仏教でも、
できたてほやほやの密教がインドから伝来し、
空海はこれを習得して日本に伝えるのである。
◆密教の歴史
密教は、三段階で発展したと考えられている。
初期密教は、現世利益を目的としており、
儀式のやり方など儀礼・呪術を教義の中心に据えていた。
中期密教では、解脱(宗教的自由の獲得)が目的とされ、
手段として①印の結び方、②マントラの唱え方、③観想の方法が体系化された。
曼荼羅は、アーリア人の神々、ヒンドゥーの神々、仏教の神々をミックスしたパンテオン(仏教の神々を中心にその他の神々は従属する体系)を表し、観想法において利用される。
後期密教では、性的エネルギーを重視し、解脱の手段として性行為を積極的に取り入れる宗派がでてきて、「退廃的」思想色(左道)が濃くなった。
※チャクラサンヴァラ図 wikipediaより 交合する男女の図。後期密教の世界観を表す
後期密教は最終的には衰退していく。
修行としての性行為なのか、
あるいは
単なる快楽主義なのかは見分けがつかない。
宗派に快楽主義者がいる可能性がある限り、
社会から拒絶されるのは当然の流れといえる。
当初は左道の方向に教義が進んだが、
その後、改革者のツォンカパが出現し
性的ヨーガの意義は認めつつも、
「実践」は禁じ「観想」による修行をもとめるようになる。
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◆真言密教の性格
中期密教に属するといわれるが、
ビジネス感覚に長けた空海は、
平安貴族の現世利益のために種々の呪術を行っているが、
真言密教では、
両界曼荼羅を重視する。
一般に
胎蔵曼荼羅は、「真理の道理の世界」を表し、
金剛界曼荼羅は、「知恵の働き」表しており、
理と智は表裏一体で「理智不二」と呼ばれる。
と説明される。
胎蔵が「子宮・理」、金剛が「男根・知」を意味し、
それが一体不可分と説いている。
これは中国の陰陽思想の影響下の思想と考えられるが、
インドの
宇宙あるいは知恵を体現する男性原理が結合し、
宇宙・知恵が完成される」という
シャクティ信仰もその背景にあるではないだろうか。
空海は「秘蔵記」の中で、
「加」とは諸仏の御念なり。
「持」とは我が自行なり。
※自行:修行、瞑想のこと
また「加持」とはたとえば父の精をもって母の陰に入るる時
母の胎蔵のよく受持して種子を生長するがごとし。
※加持:加持祈祷の「加持」。仏と一体になること。
諸仏悲願力をもって光を放って衆生を加被したもう。
これを諸仏御念という。
と記している。
空海が提唱する「入我我入」「即身成仏」と合わせて解釈すると
※入我我入:仏が自分の体に入ってくるイメージと自分が仏の中に入っていくイメージ
を連動させて悟りの境地にいたる観想法のこと
※即身成仏:生きながらにして悟りの境地にいたること
※観想法:イメージ操作により悟りの境地を体験すること
空海は、
仏と一体となる観想法を
男女の交接のアナロジーを以って理解しているのである。
空海の加持論にもシャクティ信仰類似のエロティシズムが見られる。
男女の交わりを肯定的なものとして位置付けている。
※理趣経:左道的傾向のある経典。空海は東大寺の座主にもなった関係で、現在でも、理趣経を東大寺の大仏へ捧げているそうだ。
真言密教にも
性的エネルギーへの信仰が隠れており、
後期密教の性格を持っているのである。