【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎④
バラモン教では、女性原理と男性原理はどのような関係であったか
◆ヴェーダの神々
ディーヴァ・インドラ・ミトラヴァルナ・アシュラ・アグニである。
これらは共住時代からアーリア人が信仰していた古の神々で、
いずれも男神である。
※共住時代の最高神は太陽神のアシュラだったようだ。イラン系アーリア人は、アシュラをゾロアスター教の主神アフラ・マズダとして信仰する(アシュラ=アフラ)。一方、インド系アーリア人は対抗意識からアシュラを魔人に貶め、インドラを主神に据える。インド系アーリア人はプライドが高いのである。わが国には阿修羅としてやってくる。ディーヴァは天の神だが(言語的にはゼウスに通ずる)、身近な神ではないため「閑ろな神」として人々から忘れる傾向にある。ミトラ・ヴァルナは契約・博愛・執行の神。ヒッタイトとミタンニとの国際条約でも「ミトラ・ヴァルナの名のもとに」条約が結ばれた。ヒッタイト・ミタンニの両国で共通の崇拝されていたのだろう。アグニは火の神。リグヴェーダにおいてアグニに対する賛歌が多いことからインド系アーリア人は重視したようだ。遊牧民にとって火の存在は大きかった。荒野でのキャンプファイヤーは遊牧民の心を温めたのだろう。また、空に向って燃え上がる炎には天に生贄を運ぶ機能があるので、供犠を重んずるアーリア人にとってはその意味でも重要だった。「護摩」炊きはホーマ(供犠)に由来するが、もともとは遊牧民の火への信仰なのだ。
アーリア人は、
男性原理優位の宗教意識を持っていたである。
遊牧民族にとって
どこへ移動しても頭上にある「天=男性原理」が重要だったのであり、
逆に
大地との関係は希薄で、
「生み出す大地」の象徴である女性原理も重視されなかったのだろう。
もちろんヴェーダの中にも女神がいる。
水の女神のサラスヴァティも共住時代からの古い神であるが、
ヴェーダでは女神は限られている。
水・河が崇拝の対象になったが、
水は女性原理と不可分であるから、
女神が例外的に信仰の対象となったのだろう。
※サラスヴァティは、仏教に取り入れられ弁財天となる。イラン系アーリア人の間ではアナヒターとして信仰される。一説によるとアナヒターはメソポタミアのイシュタル・イナンナと習合しナナイアあるいはアルドフショーとなり、イラン系部族がインドに持ち込み、観音の原型になったという(岩本裕「観音の表情」)
◆ヴェーダの王の即位儀式
ヴェーダでは、通過儀礼・王権授与はどのようになされたのだろうか。
ヴェーダには以下のように通過儀礼・即位儀式についての詳しい記載がある。
世界宗教史〈2〉石器時代からエレウシスの密儀まで(下) (ちくま学芸文庫)
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【ディークシャー】
・ディークシャーは、高次の存在様式に昇華する儀式である。
・儀式を受ける者(供犠執行者)は、神への生贄である。
=世界樹に吊るされ知恵を得たオーディーンを想起
・儀式を受けることは、一度死に二度生まれることである。
・祭司が供犠執行者に水をかける。
=水は「精液」を意味する
・供犠執行者は、特別な納屋に入れられる。
=納屋は「子宮」を意味する
・供犠執行者は白い衣服を着さされる。
=「白い衣服」は羊膜を意味する。
・供犠執行者は納屋から出て、四方に広がる空間の上に立つ
=再生と宇宙の支配を意味する。
【ラージャスーヤ】即位儀式
・王の即位の儀式に先立って、ディークシャーが1年行われる。
・1年間のディークシャの中には断食・苦行が含まれる。
=王権には苦行(タパス)が必要と考えられたようだ。修行中のシヴァをパールヴァティが誘惑した際、第三の眼でカーマを焼き尽くす「シヴァとパールヴァティ」の物語(マハーバーラタ)にも通ずる。
・中心となる儀式は新年に行われる。
=世界の再生・春の訪れを願う豊穣の祭りの側面もある。
・儀式からは女性が排除される。
=ただし、ヴェーダ時代より後には王妃も参加する事実がある
・供犠執行者は宇宙・世界を体現している。
・供犠執行者は白い衣服を着る。
・司祭が灌頂儀式(頭に水を灌ぐ)と塗油儀式(精製されたバターを流しかける)
=これにより神聖が付与される(聖別)。儀式のクライマックス。
・供犠執行者は四方に歩を進め、王座に立ち両腕をあげる。
=四方への歩みは、地上界の支配、王座へ上ることは時間の支配を意味する。x軸・Y軸が空間をz軸が時間を意味するのだろう。供犠執行者は宇宙軸(アクシス・ムンディ)を体現する。王は空間と時間を支配するのである。
即位儀式にはランクがあり、
最高度の儀式になると(お金が掛かる…)
アシュヴァメーダという儀式が伴った。
【アシュヴァメーダ】馬祀祭
・新年に行われる儀式
=世界の再生・春の訪れを願う豊穣の祭りの側面もある。
・馬は植物を活性化させる機能がある
=馬は生命力、季節の循環、世界、宇宙を象徴している
・特別に用意された駿馬を一年間放つ
・その馬の行く先が領土となる
=馬は領土を支配する「王の力」「王権」を意味する。
・一年後に馬を連れ帰る
・供犠として多数の獣とともに殺される
・主妃が死んだ馬と添い寝し、性交のまねごとをする。
・そのわきで祭祀と他の王妃は卑猥な冗談を投げかけ合う
・主妃が立ち上がると、馬は解体し、肉は分配される。
※馬の代わりに人が犠牲になる「プルシャメーダ」という儀式もあった。
メソポタミアとインドの王権授与儀式とを比較すると
ディークシャー・ラージャスーヤに関しては
・王が一度死に、再生すること(死と再生)、
・年初めに儀式が行われ、豊穣の儀式の側面があること
・塗油行為を伴うこと、
・世界の中心で即位儀式を行うこと
(メソポタミア:ジッグラト・インド:王座)
などに共通性が見られる。
「豊穣・世界の再生=王の死と再生」
という基本構造は共通する。
しかし、
メソポタミアのように性行為(聖婚)を伴わず、
儀式のクライマックスである聖別儀式に
女性原理は登場しない。
また、
王は地母神に対する生贄になるのに対し、
リグ・ヴェーダにおいては、
「汝の身体を増大させつつ、汝自らを犠牲にせよ」とあるように、
あくまで
「自らの自らへの犠牲」(オーディーン箴言)なのである。
女性原理(地母神)は儀式の中心にないのである。
アシュヴァメーダに関しては
・年初の豊穣祭・王の死と再生
・聖婚と王権授与
・動物供犠
・人間の女性と動物遺体との疑似性交など、
メソポタミアの聖婚儀式とアシュヴァメーダとの間に共通点もみられる。
しかし、
女性原理は、
王権を王に伝える媒介に過ぎないのであり、
(馬=王権→疑似性交→〔王妃〕→結婚→王)
メソポタミアのような
「王権を授与する女性原理(地母神)」
との観念は見受けられない。
これらの儀式は、
おそらくメソポタミアの影響を受けつつ
アーリア人独自の
「男性原理中心思想」や「馬信仰」のもとで発展したのだろう。
※宗教学の泰斗エリアーデは「シュヴァメーダは明らかにインド・ヨーロッパ諸民族起源である。」と言い切ってるが…
ヴェーダ時代、
社会・宗教においては、
男性原理が中心であった。
【追記】
◆獣と女神のモチーフについて
アシュヴァメーダには、
「王妃が馬の死骸と性交のまねごとをする」
というエキセントリックな儀式が含まれているが、
女神・王妃と馬・牛との性交をモチーフとする神話・儀式が、
その特殊な内容にもかかわらず、
北欧、地中海、メソポタミア、インド、中国、日本と広い地域にみられる。
具体的に言えば、
・アイルランドの即位儀式
(王は雌馬の死骸と性交の儀式を行う)
・ギリシャ神話のデメテールの話
(馬に化けた王妃を馬に化けたポセイドンが犯す話)
(牛に化けたゼウスが女神を犯し、ミノタウロスが生まれる話)
・日本神話のスサノオの悪事の話
(馬の死体を女神に投げつけた結果、機織りの器具でホトをついて女神が死ぬ話)
・中国の馬頭娘
・日本の東北地方の巫女に伝承される「オシイラ祭文」(遠野物語)
などである。
おそらくは、
インド・ヨーロッパ語族の中で組み立てられた神話体系が
騎馬民族の間で共有され、
中国・日本にはユーラシアを東進したスキタイ系騎馬民族が運んできたのだろう。
※林俊雄「スキタイと匈奴・遊牧の文明」より
詳しくは下記の文献参照。
※「馬に汚される大女神」参照
※ユーラシア大陸の諸神話における「馬と女性性」参照
インド・ヨーロッパ古代の異類婚姻譚について
日本で目にする馬頭観音の頭上には馬の頭が乗っかっている。
これは、草を食らいつくす馬のように
煩悩を喰らいつくすことを意味するといわれる。
「大日経疏」では「転輪王の宝馬が休むことなく四州を巡履するごとく」衆生のために奔走する明王と説明される。
「四州を巡履する転輪王の宝馬」のイメージは、アシュヴァメーダの「国土を一年間巡り諸王を打ち負かし領土とする馬」に由来するのだろう。
(弥永『火を噴く馬頭観音』「観音変容譚」参照)
◆深曽木の儀
男の子が5歳になると行う儀式に
「深曽木の儀」というものがある。
男の子が囲碁盤の上に上り再び飛び降りるというものだ。
これは、囲碁盤を世界に見立て、
四角形の囲碁盤に立つことは「四方(世界)を制す」意味があるという。
※ソースは忘れた…
もともとは王の即位儀式であったのだろうか。
インドのラージャスーヤを思わせる。
◆大嘗祭の天羽衣
湯あみをするという。
羽衣が羊膜、水が羊水を意味し、
儀式は死と再生の疑似行為という(西郷信綱説)。
※日本書紀の「真床覆衾」に相当。
これもまたインドのディークシャーに似ている。
起源については今後の宿題…