京都痕跡町歩き

街角にひそむ歴史の痕跡を探して

【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎⑨

東寺の両界曼荼羅を詳しく見てみよう。

 

曼荼羅を使った観想法

 

両界曼荼羅

 

師が弟子に密教の奥義を授ける

 

灌頂」の儀式の際に利用される。

 

※灌頂とは頭頂に水を注ぐことを意味し、インドのラージャスーヤを模したとされる。ラージャスーヤには頭上への注水だけでなく注油が行われるがいずれも王権授与機能があるとされ、メソポタミアの頭上への塗油行為(メシア:油を注がれし者・救世主)にも王権授与の意味がある。灌頂はオリエントの塗油行為とも関連があるのだろう。

 

曼荼羅

 

灌頂儀式の際に観想法の補助として利用された。

 

灌頂堂の中央が座り

 

その左右

 

金剛界曼荼羅胎蔵界曼荼羅を配置した。

 

僧は、

 

金剛界曼荼羅の男性原理と胎蔵界曼荼羅の女性原理が

 

自分の体内で合一化して毘盧遮那仏が現れ,

 

毘盧遮那仏と一体化する」

 

イメージ操作を行った。

 

神秘体験をすることにより、解脱を目指したのである。

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 ※仏像とお寺の解剖図鑑より

 

仏像とお寺の解剖図鑑

仏像とお寺の解剖図鑑

 

 

金剛界曼荼羅

 

金剛界曼荼羅は、男性原理を表現している。

 

中央の座る大日如来は、

 

「知拳印」の印相をしている。

 

知拳印は一本だけ立てた指は、男性器を象徴する。

 

また、体つきも精悍男性的である。

 

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 ※左:金剛界曼荼羅大日如来、右:胎蔵界曼荼羅大日如来

 

胎蔵界曼荼羅

 

胎蔵界曼荼羅女性原理を表現している。

 

中央に坐する大日の世来は

 

「法界定印」の印相をしている。

 

両手で作る輪は、女性器を象徴している。

 

丸顔で体つきも丸みを帯びており女性的である。

 

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 ※図説・曼荼羅入門より

 

図解 曼荼羅入門 (角川ソフィア文庫)

図解 曼荼羅入門 (角川ソフィア文庫)

 

 

さらに大日如来の頭上には

 

「三角火輪」と言われる燃える三角形のシンボルが存在する。

 

これも女性器を示すものである。

 

本来は逆三角形で表現されていたが、

 

あまりにも露骨ということで中国に入ってきた段階で

 

三角形になったのだ。

 

※三角形が燃えているのはなぜか?気になるところだが、火を崇拝するゾロアスター教(あるいはアーリア人の火の神アグニ信仰)が関係するかもしれない。というのは三角形の上に坐するのは迦葉というゾロアスター教(拝火外道)から仏教への改宗者だからだ。

 

シャクティ信仰としての両界曼荼羅

 

 

両界曼荼羅は、

 

インドで別々に成立した

 

金剛界曼荼羅胎蔵界曼荼羅

 

中国で統合されたものであり、

 

両界曼荼羅の「男性原理+女性原理=完全」という思想は

 

直接的には中国の陰陽思想をベースにする。

 

しかし、

 

金剛界曼荼羅胎蔵界曼荼羅には、

 

女性原理のシンボルに溢れている。

 

仏教は本来、女性原理を冷遇していたが、

 

曼荼羅の中に女性原理が取り込まれた背景には

 

シャクテイ(性力)信仰があるだろう。

 

金剛界曼荼羅理趣会には

 

「恋愛感情→愛撫→交接→高揚」

 

という男女の営みを示した図式があるほどだ。

 

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 右:キューピットの矢(欲情)をもつ菩薩:恋愛感情を表現

左:腕を交差する菩薩:抱き合う・触れ合う男女を表現

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右:大摩竭の幡を持つ菩薩:摩竭はなんでも喰らう大魚→情欲をむさぼる男女を意味する

左:ドヤ顔で慢心のポーズで座る菩薩:男女の交合で高揚する感情を表現

※図説・曼荼羅入門より

 

また、仏教においては、

 

基本的には男尊女卑の思想であり、

 

「女性は悟りを開くことができない」と考えられたため、

 

ブッダ自身は「男であろうと女であろうと真実の車に乗って涅槃のもとにいたる」(相応部Ⅰ)としているが、それでも「真実の車に乗るため」の女性出家には消極的なスタンスをとっている。

 

菩薩は少しの例外を除いては男性であるが、

 

金剛界曼荼羅八供養菩薩四波羅蜜菩薩女性であり、

 

ヒンドゥー教などの地母神(ラクシュミーなど)が

 

取り入れられたと考えられている。

 

 

曼荼羅の中の女性原理のシンボルは

 

シャクティ信仰

 

つまり

 

古い地母神信仰の表れなのである。

 

真鍋俊照『日本密教と女神』「女神たちの日本」

「ここで重要なことは、密教で「女神」という場合に両者(男性と女性)の間にシャクティという神秘的な力が介在することである。…ところが我が国においては必ずしも明妃シャクテイの意味付けが明確でない。その理由は男・女神を人間と同じような交接のパターンでは認識されなかったからである。そのようにシャクティの本質が意図的に表現されなかったために女神の概念やイメージは神秘のヴェールにつつまれている場合が多い。また、造形上のことを考えると作者の意識の中に女神の存在の極地を何らかの伝承や縁起などの物語性の中に委ねている場合が多いのもそのためであろう。インドの後期密教が承継しているシャクティには世界の破壊と輪廻の側面が同居し、それはそのまま女性原理に支えられてきたといってよい。このシャクティの介在を男・女神の一体・融合の中に認めた造形は既述のように我が国では発展しなかったが、空海が大堂元年(806)に中国より持ち帰った両部曼荼羅やその後の別尊曼荼羅の中には、一見して「わからない」形で視覚化されている。」

 

曼荼羅とマリア

 

以上、メソポタミアから東寺の両界曼荼羅に至る

 

数千年の歴史を

 

「女性原理と男性原理」「宗教と性」の観点から

 

かなり乱暴にスケッチしてきたが、

 

そこからは、

 

オリエントの地母神

 

西に向かうとマリアとして現れ、

 

東に向かうと胎蔵界曼荼羅大日如来として現れ、

 

マリアも曼荼羅如来も同じ源をもつことが見えてきた。

 

 【追記】

 

◆五山の送り火

 

京都の夏の風物詩に五山の送り火(大文字焼き)というものがある。

 このイベントの起源には諸説あるが

 もともとは「灌頂儀式を大規模に行ったもの」とも考えられる。

 

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 ※仏像とお寺の解剖図鑑より。高野山金剛峰寺の伽藍配置灌頂儀礼の類似性が見られる。

 

「右大文字」は金剛界曼荼羅の「大」日如来

「左大文字」は胎蔵界曼荼羅の「大」日如来を表現し、

送り火は、

 左大文字と右大文字の中央に位置する「御所=王土」の

 安寧を祈願するあるいは

王権の絶対性を祈願する儀式だったのかもしれない。

 

曼荼羅と須弥山

 

両界曼荼羅は、男性原理と女性原理と捉えられる一方で

マクロコスモスとミクロコスモスを表すとも考えられる。

つまり、胎蔵界曼荼羅はマクロの世界を表し、

金剛界曼荼羅はミクロの世界を表しているのだ。

 

密教 (岩波新書)

密教 (岩波新書)

 

 

ここでインド人の世界観を見てみよう。

 

古代インド人は、

 

世界は

・物質世界と精神世界で構成された「欲界」

・精神世界のみで構成された「色界」

・より高度な精神世界で構成された「無色界」

できており、

欲界の中央に須弥山が聳え立ち、その上方に色界・無色界がある考えた。

 

西欧流の近代教育を受けている日本人にとっては違和感がある考え方だ。

 

デカルト流の近代科学では、

客観と主観を分離し、主観を排除し

客観的に宇宙・世界を把握しようとしているのに対し、

古代インドでは、

あくまで主観あるいは肉体を通じて世界を把握しようとしているからだ。

※この考え方は、実存主義現象学に近い考え方ともいえる。 

キェルケゴールの日記 哲学と信仰のあいだ

キェルケゴールの日記 哲学と信仰のあいだ

 

 ※私は、私にとって真理であるような真理を見つけなければならない。

人工知能のための哲学塾

人工知能のための哲学塾

 

 www.youtube.com

無色界のさらに上部に「悟りの世界」つまり「仏の世界」がある。

 

瞑想には、

 

肉体・精神・自我の感覚に応じて

 

初禅→第二禅→第三禅→第四禅→空無辺処→識無辺処→無所有処→非想非非想処

 

のレベルがある。

 

「初禅から第四禅」のレベルにおける世界認識が「色界」、

※座禅により肉体感覚が消えているレベル。自分の境界線が分からなくなるレベル。

 

「空無辺から非想非非想処」のレベルにおける世界認識が「無色界」

※自我の感覚が低下しているレベル

 

と捉えるのである。

 

ブッダは死の間際、瞑想を行い

 

初禅から入り、非想非非想処に至り

 

最後に悟り(ニルヴァーナ)に至ったと

 

ブッダ最後の旅」に書かれているように

 

インド人は

 

非想非非想処のさらに上がニルヴァーナであり

 

仏の世界と考えたのだ。

 

ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)

ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)

 

 世界は

 

「欲界」→「色界」→「無色界」→「仏の世界」という

 

垂直構造をしていると考えた。

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 ※図説・曼荼羅入門より

この世界観が胎蔵界曼荼羅にも示されている。

 

胎蔵界曼荼羅の一番外には最外院という領域があり

そこには、「欲界」「色界」「無色界」が表される。

無色界の上部にある仏の世界が「最外院」の内側に配され、

内側に行けば行くほど世界の上部に至るのであり

曼荼羅の中心はトップオブザワールドで

そこには大日如来が鎮座しているのである。

 

本来、曼荼羅は壁に掛けるのものではなく、

床に敷いて用いるものであり、

行者は、曼荼羅の中心に座り、世界の頂上での座禅を観想したのである。

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 ※仏像とお寺の解剖図鑑より

【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎⑧

◆唐のにぎわい

 

若き空海が中国に渡ったころ、

 

唐には

 

シルクロードと海洋交易を通じ

 

西方の文物が大量に流れ込み、

 

国際色豊かな大都市として発展していた。

 

唐の酒楼(高級ナイトクラブ)では、

 

白人の鼻の高いイラン・ソグド系の女性(胡姫)が

 

目にブルー(アフガニスタン産のラピスラズリ)の

 

アイシャドーを塗り、

 

ワインで貴族や商人の男や放蕩息子をもてなした。

 

また、酒楼の華は、胡姫の舞う胡旋舞であった。

 

胡旋舞は

 

イラン系ソグド人の舞で、

 

長い布を身に着け布を棚引かせながら

 

クルクルと舞う様式の舞踊である。

 

詩文にあるように

 

「羅」というシースルーの衣服だけでおどったら、

 

世の男どもを悩殺するには十分だっただろう。

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 ※森安孝夫「シルクロード唐帝国」より 

 

エキゾチックで欲望渦巻く唐の空気は、

 

若き空海の目にはどのよう映っただろうか。

 

伝統に風穴を開ける俗世のエネルギーを感じたかもしれない。

 

唐の人のオリエント・フリークは相当なもので、

 

中国の古来思想と異なる思想をどんどん取り入れていった。

 

異質の宗教がすんなりと中国に入り込んだ一つの一因に

 

異国の世俗的文化の魅力が

 

中国人の異文化に対する警戒感をやわらげたからなのだろう。

  

ゾロアスター教キリスト教の寺院が唐に建てられ、

 

仏教でも、

 

できたてほやほやの密教がインドから伝来し、

 

空海はこれを習得して日本に伝えるのである。

 

興亡の世界史 シルクロードと唐帝国 (講談社学術文庫)

興亡の世界史 シルクロードと唐帝国 (講談社学術文庫)

 

 

密教の歴史

 

密教は、三段階で発展したと考えられている。

 

初期密教は、現世利益を目的としており、

儀式のやり方など儀礼・呪術を教義の中心に据えていた。

 

中期密教では、解脱(宗教的自由の獲得)が目的とされ、

手段として①印の結び方、②マントラの唱え方、③観想の方法が体系化された。

曼荼羅は、アーリア人の神々、ヒンドゥーの神々、仏教の神々をミックスしたパンテオン(仏教の神々を中心にその他の神々は従属する体系)を表し、観想法において利用される。

 

後期密教では、性的エネルギーを重視し、解脱の手段として性行為を積極的に取り入れる宗派がでてきて、「退廃的」思想色(左道)が濃くなった。

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 ※チャクラサンヴァラ図 wikipediaより 交合する男女の図。後期密教の世界観を表す

 

後期密教は最終的には衰退していく。

 

修行としての性行為なのか、

 

あるいは

 

単なる快楽主義なのかは見分けがつかない。

 

宗派に快楽主義者がいる可能性がある限り、

 

社会から拒絶されるのは当然の流れといえる。

 

後期密教色の強いチベット密教

 

当初は左道の方向に教義が進んだが、

 

その後、改革者のツォンカパが出現し

 

性的ヨーガの意義は認めつつも、

 

「実践」は禁じ「観想」による修行をもとめるようになる。

 

 

 

真言密教の性格

 

空海が日本に伝えた真言密教

 

中期密教に属するといわれるが、

 

初期密教と後期密教の性格をもっているようだ。

 

ビジネス感覚に長けた空海は、

 

平安貴族の現世利益のために種々の呪術を行っているが、

 

これは真言密教の初期密教性をしめしている。

 

真言密教では、

 

両界曼荼羅を重視する。

 

一般に

 

胎蔵曼荼羅は、「真理の道理の世界」を表し、

金剛界曼荼羅は、「知恵の働き」表しており、

 理と智は表裏一体で「理智不二」と呼ばれる。 

 

 と説明される。

  

胎蔵が「子宮・理」、金剛が「男根・知」を意味し、

 

それが一体不可分と説いている。

 

これは中国の陰陽思想の影響下の思想と考えられるが、

 

インドの

 

地母神の性力であるシャクティ(女性原理)と

 

宇宙あるいは知恵を体現する男性原理が結合し、

 

宇宙・知恵が完成される」という

 

シャクティ信仰もその背景にあるではないだろうか。

 

空海は「秘蔵記」の中で、 

 

「加」とは諸仏の御念なり。

「持」とは我が自行なり。

※自行:修行、瞑想のこと

また「加持」とはたとえば父の精をもって母の陰に入るる時

母の胎蔵のよく受持して種子を生長するがごとし。

※加持:加持祈祷の「加持」。仏と一体になること。

諸仏悲願力をもって光を放って衆生を加被したもう。

これを諸仏御念という。 

 

と記している。

  

空海が提唱する「入我我入」「即身成仏」と合わせて解釈すると

 

※入我我入:仏が自分の体に入ってくるイメージと自分が仏の中に入っていくイメージ

を連動させて悟りの境地にいたる観想法のこと

※即身成仏:生きながらにして悟りの境地にいたること

※観想法:イメージ操作により悟りの境地を体験すること

 

空海は、

 

仏と一体となる観想法を

 

男女の交接のアナロジーを以って理解しているのである。

 

空海の加持論にもシャクティ信仰類似のエロティシズムが見られる。

 

また、空海が持ち帰った理趣経では

 

男女の交わりを肯定的なものとして位置付けている。

 

理趣経:左道的傾向のある経典。空海東大寺の座主にもなった関係で、現在でも、理趣経東大寺の大仏へ捧げているそうだ。

 

真言密教にも

 

性的エネルギーへの信仰が隠れており、

 

後期密教の性格を持っているのである。

 

空海の企て 密教儀礼と国のかたち (角川選書)
 

 

 

【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎⑦

シャクティ信仰とタントラ

 

ヒンドゥー教シャクティ信仰は新たな展開を見せる。

 

古来よりインドには

 

肉体と精神との調和を目的とした

 

独特な人体生理学に基づく身体技法(ヨガ)があったが、

 

※具体的には「呼吸抑制」と「イメージ操作」などで、仏教の「修行」もヨガの一種である。

 

 

ヨガシャクティ信仰

 

さらにはヴェーダの呪術が結びつき

 

肉体的・精神的感覚をコントロールする

 

実践的な教義タントリズムが登場するのである。

 

タントリズム

 

呪術的な力を持つとされる聖句(マントラ)を唱えつつ

 

絶対者・最高神との合一を目指し、

 

ヨガを伴う秘密の儀礼を行うもので

 

より高次の存在様式への昇華をめざした。

 

秘密の儀礼には既成概念を打破して精神を開放

 

宗教的自由(解脱)の境地を目指す意味がある。

 

 

既成概念の打破の手段として、

 

「死体・経血との接触」や「肉食と乱交」など

 

非日常的行為を実践する一派もあり、

 

性的行為「実践」する宗派は「左道」とよばれた。 

エロティシズム (ちくま学芸文庫)

エロティシズム (ちくま学芸文庫)

 

  ※バタイユの「エロティシズム」を思わせる。「エロティシズムの本質は性の快楽と禁止との錯綜した結合の中に与えられている。」

 

一方、

 

性的行為はあくまで「観想」の内で行う宗派は「右道」とよばれた。

 

いずれにせよ

 

地母神(女性原理)の性力を体内で活性化させること」

 

を目的にしたのである。

 

初期仏教

 

「寂静」を目指してヨガを実践したのに対し、

 

ヒンドゥー教のタントラ

 

「絶頂」を目指してヨガを実践したことは

 

好対照をみせるのである。

 

◆タントラと密教

 

ヒンドゥー時代で発展したタントラは

 

ヒンドゥー教の模倣戦略をとっていた仏教にも取り入れられ、

 

密教の中で発展していく。

 

ヒンドゥータントリズム仏教タントリズムの相互関係には諸説あるが、

ほぼ同内容の思想を共有している。

 

こうして、

 

密教の中に潜りこんだ

 

オリエント地母神信仰(シャクティ信仰)が

 

やがて中国へそして日本へやってくるのである。

【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎⑥

◆女王の帰還

 

インダス文明では地母神が崇拝の対象であったが、

 

ヴェーダ時代になると地母神は表舞台から消える。

 

しかし、

 

バラモン教がインダス由来の土着信仰を取り入れ

 

ヒンドゥー教に変化すると、

 

古層の地母神信仰(女性原理)が再び息を吹き返すのである。

 

◆シャクテイ信仰

 

この地母神信仰の中心となるのがシャクティである。

 

シャクテイとは

 

「生命を生み出す大地」のアナロジーから生まれた概念で

 

地母神のもつ強力な生殖力・性力を意味する。

 

シャクティ

 

「男性原理を活性化あるいは生み出す」原理

 

と考えられた。

 

インドの神々も

 

シャクテイ信仰の影響を受け、

 

ヴェーダ時代の男神あるいはシヴァ・ヴィシュヌに

 

インド古来の地母神があてがわれ、

 

男女一対神の形態をとるようになり、

 

偶像にもその影響が見られるようになる。

 

たとえば、「ヴィシュヴァルーパ・ヴィシュヌ」像などである。

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※ネパール・チャング・ナラヤン寺 宮地「仏像学入門」より

 

直立不動の宇宙を体現するヴィシュヌを地母神プリティヴィが支え、

 

ヴィシュヌの支配者としての保証を与えているのである。

 

この影響はヒンドゥー教の神々を取り入れていた仏教にも及ぶ。

 

仏教の説話に「降魔成道」という説話がある。

 

 

ブッダが修行中に悪魔が現れ、

 

悪魔は、修行中のブッダを邪魔するために

 

「お前は悟りをひらいたというが、それを一体だれが証明するのか」

 

と尋ねた。

 

ブッタは、そっと大地に手を触れ(触地印を結び)、

 

地天女を召喚した。

※地天女=ヒンドゥー教がのプリティヴィに相当

 

それを見た悪魔は納得し、姿を消す

 

 

この説話は仏像のモチーフとなり、

 

「降魔釈迦像」

 

として現される。

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※降魔成道 宮地「仏像学入門」より

 

ブッダは地天女により精神世界の支配者としての保証を与えられるのである。

 

ここには、

 

メソポタミア地母神と同じく

 

「王権・支配権を付与するあるいは裏書する」

 

地母神(女性原理)の機能を見て取ることができる。

  

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※東寺の国宝・兜跋毘沙門天毘沙門天を地天女が支えるが、これも「降魔成道像」と同じく、力や正当性を女神が裏書きしていることを意味している。直立姿勢は「ヴィシュヴァルーパ・ヴィシュヌ」と同じく宇宙軸を示す。なお、兜跋毘沙門天がオリエント風のマントを着ているのは、この像がイラン系部族の国で作られ始めたからである。

http://dsr.nii.ac.jp/narratives/discovery/07/

仏像学入門 〈増補版〉: ほとけたちのルーツを探る

仏像学入門 〈増補版〉: ほとけたちのルーツを探る

 

 

  ◆オリエントの地母神信仰

 

ヒンドゥー時代に復活した

 

インド古来の女性原理には、

 

男性原理を完成させる、

 

あるいは

 

王権・支配力を付与する機能があり

 

メソポタミアにおける女性原理と同じである。

 

ここで「桃太郎の母」の記載を引用しよう。

 

「(シャクテイ信仰)は、大母神による性的二元論の統一というべき信仰であって、永遠に生殖する女性エネルギーたるシャクティ(性力)を擬人化した大母神が永遠の男性原理たるプルジャと和合して、神々を含む全宇宙を生み出すという思想を基礎に持つ。この母神はその最高の形態において、シヴァの妻と同一視されるが、彼女はまたシヴァをも生み出した母神であり、彼の上位に位置する。」

 

「この思想の根底に横たわるものは、決してアーリア的ではない。先アーリア期のインド基層文化に属する原始母神信仰がヴェーダやウッパニシャッドの男性優位の教義に反逆して、…顕現したものであり、その基調を為す原始母神の観念が≪インドそれ自体と同じ古さを持つことはすでに学者の指摘したところである。」

 

「しかも、このような原始母神の信仰はひとりインドにとどまらず、…西南アジアから東地中海にわたる古代オリエントの文化圏に広く見受けられるものである。原始地母神自らの生み出した男性神を配偶者として従属せしめるというシャークティズムに含まれる根本思想もまた、小アジアから東地中海沿岸一帯をめぐる古代の信仰のうちに見いだされる。

 

新訂版 桃太郎の母 (講談社学術文庫)

新訂版 桃太郎の母 (講談社学術文庫)

 

 

 このようにインドのシャクテイ信仰もまた

 

古代オリエント地母神信仰のひとつの表れなのである。

 

次回は、シャクテイ信仰の発展形態のタントリズムについてみてみよう。

【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎⑤

BC1500年頃にインド亜大陸に侵入したアーリア人

 

インダス川の流域とガンジス川の流域をたどりながら

 

約1000年かけて

 

インド亜大陸を横断してインドの東海岸に到達する。

 

その中で

 

遊牧民族であったアーリア人

 

農業を覚える者や

 

ベナレスのような大都で

 

都市生活を始める者も出てきた。

 

生活の余裕は彼らに思索の時間を与え、

 

死後の世界、霊魂について考えるようになってきた。

 

ヴェーダに代わる新宗教の胎動である。

 

仏教ヒンドゥー教の攻防史

 

どんなに優れた教義をもった宗教でも、

 

お金がなければ存在できない。

  

宗教史を見る際には、

 

ビジネス的な視点に立つと見通しがきく。

 

つまり、

 

・市場の質と量を分析し、

 

・どの需要者層にマーケティングすることが

 

・利益の最大化につながるか

 

という視点である。

 

宗教の場合には、

 

大きな資産をもつが少数の需要者のために教義を提供し、お布施をえるのか

 

あるいは

 

小さな資産しかもたないが多数の需要者のために供犠を提供し、お布施をえるのか

 

というビジネス戦略である。

 

こういった視点にたち、

 

ヒンドゥ教と仏教の攻防の歴史を見てみよう。

 

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 立川武蔵「弥勒のきた道」より。分かりやすい♪

 

仏教の誕生と発展

 

BC500年以降

 

王侯貴族勢力が次第に大きくなりはじめ、

 

バラモン中心のバラモン教に反感をもつ王侯貴族も増え始める。

 

その受け皿となったのが、新宗教仏教である。

 

仏教

 

資力を有する王侯貴族をパトロンとして

 

勢力を拡大に成功するのである。

 

さらに

 

海洋交易で資財を蓄えた商人パトロンに取り込む。

 

つまり、

 

お布施の大きいほど御利益があるというロジックを駆使して

 

大きな資力を持つ少数の貴族・商人

 

メインターゲットにしたのである。

 

※出家者の生活を守ることが在家信者の務めとされ、布施の功徳の大きさが強調された。わが国の「旦那」や「檀家」は、インドのダーナ(布施)に由来し、英語の「ドナー」と同じ語源である。

 

バラモン教の反転攻勢

 

仏教の拡大に伴い勢力を縮小していた

 

バラモン教は一計を案じる。

 

資力は少ないが数の多い農民層を取り込めば、

 

仏教に対抗できるのではないかと・・・

 

そこで、

 

バラモン教の教義は維持しつつも

 

インダス文明の頃から農民が信仰している土着宗教を取り入れた

 

ヒンドゥ教という新たな宗教を誕生させるのである。

 

誇り高いバラモンにとっては苦渋の選択であっただろう。

 

この戦略は成功し、ヒンドゥ教は大きな勢力となる。

 

仏教が手を付けていなかった農民という巨大市場を独占したのである。

 

仏教側の応戦

 

この状況に仏教側も手をこまねいていたわけではない。

 

初期仏教とは根本的に異なる

 

大乗仏教を興し、

 

農民層の取り込みをはかるのである。

 

大乗仏教は、

 

ヒンドゥ教の教義の他に

 

海洋交易やイラン系部族の侵入によってもたらされた

 

西方由来の教義をも取り入れ、

 

一般人にも受け入れられやすい

 

救済型宗教に舵をきるのである。

 

仏教の敗北

 

ヒンドゥ教が勢力を拡大を続けていたが、

 

それでも仏教勢力は維持されていた。

 

それは仏教の最大のパトロンのインド商人が大儲けしていたからである。

 

2・3世紀、西にローマ帝国という巨大な経済圏が登場し、

 

ローマとの海洋交易でインド商人が巨万の富を得ていた。

 

インドからローマへは

 

胡椒、宝石、象牙、綿布、愛玩動物ラピスラズリが輸出された。

 

ローマ帝国内ではインド産の物資が原価の10倍で取引され、

 

貿易収支はローマが赤字で、

 

赤字を補てんするために

 

大量のローマンコイン(金貨等)が

 

ローマからインドへ流出した。

 

※沖縄からもインドとローマの海上交易が活発だった頃のローマンコインが発掘されたという。インド商人の手を経てはるばる沖縄にたどり着いたものかもしれない。

沖縄の遺跡から古代ローマの硬貨 :日本経済新聞

 

 

しかし、

 

6世紀に西ローマ帝国が滅ぶと、

 

インド商人も没落し、

 

それとともに仏教の衰退が決定的になる。

 

逆に

 

商人の没落により、相対的に農民の地位があがり、

 

ヒンドゥ教の勢力拡大は決定的になる。

 

また、

 

仏教が延命のために

 

ヒンドゥ教の教義を積極的に取り込んだことも致命的だった。

 

仏教もヒンドゥ教の一部であるとのイメージが広まり

(ブッダはヴィシュヌの一形態など)、

 

仏教はヒンドゥ教に飲み込まれてしまうのである。

 

単純な模倣戦略や

 

資産家をメインターゲットとした戦略など

 

仏教が犯した失敗から学ぶことは多い。

 

次回は、仏教とヒンドゥ教の隆盛の中で

 

女性原理はどのように変化したのかを見てみたい。

 

弥勒の来た道 (NHKブックス)

弥勒の来た道 (NHKブックス)

 

 

 

世界の歴史(3)古代インドの文明と社会
 

 

 【追記】

大乗仏教と西方の宗教

 

初期仏教大乗仏教は根本的に異なる。初期仏教が修行により解脱する宗教であるのに対して大乗仏教は大いなる力に救済を求める宗教である。このような根本的に異なる教義がゼロから生まれたとは考えにくく、他の宗教からの影響があるのではないかとの推測がなされる。西方の宗教由来が疑われるのは下記のとおり。

 

●弥勒信仰とミトラ教との関連性

 

観音菩薩とオリエントのイナンナとアナーヒターとの関連性

 

ゾロアスター教の光明信仰と阿弥陀仏との関連性

南無阿弥陀仏は、「南無」が「name」に通じ神の名前を呼び帰依することを、

阿弥陀」が「un(否)/meter(計る)」に通じ、測ることができないほどの無限の光

を意味し、アフラマズダを賞揚する光明信仰に通ずるとの見解

 

キリスト教との関連性

大乗仏教キリスト教が相互に影響を与えたのではないかとの見解

大乗仏教が興った時期とトマス派キリスト教がインドで勢力を拡大した時期が一致

キリスト教の救済思想と法華経の「一乗妙法」「菩薩行道」が思想的に一致すること

・トマスの福音書と仏典の文言の共通性(「変成男子」や「光と命」) 

〔論文〕「大乗仏教の誕生とキリスト教」参照

http://jairo.nii.ac.jp/0025/00009856

 

有力な反対説があったり、不明確な点が多い分野であるが、

 

ロマンのある話だ。

 

 

※聖トマス:12使徒の1人。イエスの死を傷口に手を差し込んで確認するまで信じなかったことから「疑い深いトマス」として知られる。トマスはインドまで布教に赴きインドで死んだとされる。トマス派キリスト教は現在もインドで信仰されている。トマスの福音書グノーシス主義外典として知られる。トマスが死んだ港町は「サン・トマ(聖トマスの意)」と呼ばれ、そこから輸出された縞織物は江戸時代の日本にももたらされ「桟留(サントメ)縞」とよばれた。

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桟留縞