京都痕跡町歩き

街角にひそむ歴史の痕跡を探して

【京都入門】地域カースト①

京都観光京都への移住を考えている場合、

 

地域カーストを頭に入れておくと

 

結構役にたつ。

 

ある雑誌によれば、

 

京都には

 

以下のような地域カーストがあるという。

 

 

S:中京区・上京区(御所周辺)

A+:中京区・上京区(御所周辺以外)

   下京区東山区

A:左京区・北区

B:右京区

C:伏見区

Ð:南区 

E:山科区

 

 

よそ者として京都に住んで15年以上たつが

 

肌感覚としても凡そ合っていると思う。

 

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※平成30年の地価公示。住宅地の地価上昇率は概ね上記カーストと同じ傾向を示している。

 

各区の特徴を独断と偏見で紹介してみます。

 

■中京区・上京区(御所周辺)

・御所に近いから上流意識が高いが、高級住宅街という訳ではない。

・範囲は二条通り(烏丸御池駅)より北、鞍馬口通りよりも南の地域。

・商業地の田の字地区に近くしかも住環境にも優れた御所南は、近年人気が高いが、

 歴史的には御所北の方が古く、元祖京都人の意識は御所北の方が強いと思う。

 千家もあるしね。

御所北同志社相国寺(金閣寺銀閣寺の親玉)が君臨しており、良くも悪くも大きく変化していない地域。地価がそこそこ高いので子育て世代の流入が少なく、老齢化が進みつつあり、空き家も散見される(スポンジ現象)。

 ただし、今出川駅から鞍馬口駅までのエリアでは、学生からの上納金で同志社大学が土地を買いあさっている印象があり、いずれ同志社大学の敷地だらけになるのではないか。

御所東の鴨川沿いの低層マンションは西日本最高額で売り出されたことで有名。

 御所東といえば、梨木神社境内にある高級マンションも有名。神社の参道上にマンションが建ってしまい「鳥居付きマンション」というなんとも御利益のありそうな仕様になっている。神様を拝んでいるのやらマンション住民を拝んでいるのやら…ホテルオークラに向って土下座している高山彦九郎もきっと同じ気持ちなのだろう。

www.sankei.com

■中京区・下京区(御所周辺外)

・京都駅の北、二条通りより南。中心は四条と烏丸御池の間の田の字地区

・近世から現代の京都の中心。

田の字地区町衆文化の中心というが、ほとんどが中高層ビル。

・町屋はどんどんマンションに置き換わっている。マンション・オフィスビル経営で月額数百万円以上の不労所得を「よそさん」から得ながら郊外に住んでいる「(腐っても)京都人」も少なくない。不労所得に目もくれず京町屋を維持し続けている地元民は、本当の意味での京都人(愛すべき変人)だが、もはや絶滅危惧種

吉田家住宅、京都市に遺贈へ 祇園祭山鉾町内の町家保存で : 京都新聞

・住民のほとんどがマンション住まいのよそ者。他府県からの「週末京都民」「なんちゃって京都民」も多い。

・おなじ中京区・下京区といっても地域差は大きい。四条から南に下るほどグレードが下がる。また鴨川寄りは歓楽街が多いのでグレードは下がる。一部にはいわゆる悪所(旧赤線地区)などもあったが取り締まりの強化で現在では営業していない。今後は東京からの資本流入や民泊施設の増加、大学移転などで格差は縮小していくだろう。

※京都人:一般に「三世代」京都に住んでいる家の出身者。ただし、どこからどこまでを京都とするかは一大論点。滋賀県VS京都府論争中にこの問題をとりあげると京都民同士で内ゲバが発生するので、滋賀民のキラークエスチョン。ちなみに滋賀県VS京都府論争は、滋賀民が「琵琶湖(疎水)の水を止めてやる‼」で会話を切り上げるのがお約束。

 

東山区

・岡崎エリアと清水・八坂エリアに分かれる。

・岡崎エリアは旧華族・元老が住んでいたことからグレードがかなり高い。

・岡崎エリアのマンションはステータスが高く(上京の鴨川沿いの低層マンション並みに)、著名人も多い。

・そんな岡崎エリアだがなぜかラブホテルが何件か存在する。老舗料亭「瓢亭」の前がラブホというのもよく知られている話。知り合いから聞いた話だが、旧華族や元老の子孫が落ちぶれていくにつれて岡崎エリアも荒れ始めた時期があったそうで、復興策として高級旅館街にする計画が浮上し、京都市も用途規制を緩和したのだとか。しかし、思惑がはずれ高級旅館ではなくラブホテルが建ち始め、慌てて規制緩和をやめた結果、高級住宅街の一部にラブホテルが残ったそうだ(ソース未確認)。

この辺のラブホって「愛の流刑地」の舞台だったけ??

 

古都の占領: 生活史からみる京都 1945‐1952

古都の占領: 生活史からみる京都 1945‐1952

 

 ※岡崎ラブホ群は進駐軍の慰安施設が起源とする話も聞くが、この本によれば裏はまだ取れていないようだが、岡崎公園進駐軍が駐屯していたから大いにありうる話だ。勝者の欲望のはけ口は、いろんなところに残っていて、進駐軍桓武天皇の遺体すら葬れなかった神聖な上賀茂神社の領域にゴルフ場(現上賀茂GC)を作ったそうだ。違和感のある風景には進駐軍の政策が絡んでいるかもしれない。

 

・清水・八坂エリアは昔ながらの低層住宅が多く、また観光需要があって地価も高いため、若者の流入が少なく老齢化が加速している地域。

いのししが出る地域。

 

 ■北区・左京区(高野川以西)

北山通り、北大路通りを中心とした地域。

・京都版・青山通りを作ろうとしてバブル崩壊で失敗した。これが北山通り。通り沿いには、自己主張が強く使い勝手の悪そうな著名建築家の建物が存在(取り壊しで随分と少なくなったが)。無意味なストラクチャー付き建物は時代を感じさせ、今となっては失笑を禁じ得ない代物。

・おしゃれな通りにするはずだったのに、カープスやラーメン屋も見られる。

東洋亭マールブランシュでもっている。少しずつ衰退しているイメージ。

・通りの背後には高級住宅街の北山・下鴨エリアがある。旧下鴨中通りは「社長通り」とよばれ、京都が本社の上場企業社長が多く住んでいることで知られる。そのパワフルな門構えから成金的イメージが付きまとう。

下鴨神社境内に作られた高級マンションは話題を呼んだ。

 デルタ付近も社長宅が多いのだが、雨の頃は結構ジメジメする地域である。

 

左京区(高野川以東)、右京区

・庶民の町。上品さはないが、商店街も部分的に残っており活気がある。

 物価も安くお財布にやさしい地域。

・左京は、京大が君臨している。学生の街。

 貧乏学生向けにラーメン文化(天下一品をはじめとした一乗寺ラーメン店群)が発展。豚骨臭がそこはかとなく。

・右京は、交通の便が悪いため東京等からの資本流入が少なく町屋が結構残っている。

 ただし、地価がそこまで高くないため、安いゲストハウス・民泊などが増殖中。

 住・工・商が混然一体とした昭和の面影の残る街だが、西陣などの織物業の衰退で

 住宅の割合が高まっている。

※もっとも嵯峨野・嵐山、大原まで含まれる右京・左京を一概に評するのは難しい

 

■南区

・京都駅が羅生門的な役割を果たしており、京都中心地から隔絶された地区。

・工業地的な要素もふくまれる地域。

・地価がそこま高くないため、安いゲストハウス・民泊が増殖中。

 

伏見区

・伏見は水運の要衝でかつては日本の首都だった。住民にはそのプライドがある。

 ※「伏見港」は、数少ない河川港の1つ

・ほかの区とは一線を画す。

・いなりこんこん。

 

山科区

・京都中心部からは山で隔てられており、

 京都盆地からみると滋賀とそう変わらない。

 「≒滋賀」以上。

 

まとめると・・・

 

S:中京区・上京区(御所周辺)   →正統派・上流京都人の地域

A+:中京区・上京区(御所周辺以外) →伝統的・町衆の地域

   下京区東山区

A:左京区(高野川以西)・北区                →成金的・京都人の地域             

B:左京区(高野川以東)・右京区         →庶民・学生の地域

C:伏見区                                                                    →別王国              

Ð:南区                  →京都なのに京都っぽくない

E:山科区                 →「滋賀」でよくね?

 

 

ということになるが、

 

これには歴史的背景がある。

 

次回は地域カーストの歴史的成り立ちを見ていきたい。

 

日本の特別地域 特別編集80 これでいいのか京都府 (地域批評シリーズ)

日本の特別地域 特別編集80 これでいいのか京都府 (地域批評シリーズ)

 

 ※地域カーストが低いところほど地価が低く町に多様性があり楽しいのだが、近年京都では、国内、国外からの資金流入で一様に地価が高騰しており、地域の多様性が失われてきているのを感じる。利益の出るマンション、ホテル、民泊だらけの生活感のないテーマパークのようなつまらない街になりつつある。

【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎⑨

東寺の両界曼荼羅を詳しく見てみよう。

 

曼荼羅を使った観想法

 

両界曼荼羅

 

師が弟子に密教の奥義を授ける

 

灌頂」の儀式の際に利用される。

 

※灌頂とは頭頂に水を注ぐことを意味し、インドのラージャスーヤを模したとされる。ラージャスーヤには頭上への注水だけでなく注油が行われるがいずれも王権授与機能があるとされ、メソポタミアの頭上への塗油行為(メシア:油を注がれし者・救世主)にも王権授与の意味がある。灌頂はオリエントの塗油行為とも関連があるのだろう。

 

曼荼羅

 

灌頂儀式の際に観想法の補助として利用された。

 

灌頂堂の中央が座り

 

その左右

 

金剛界曼荼羅胎蔵界曼荼羅を配置した。

 

僧は、

 

金剛界曼荼羅の男性原理と胎蔵界曼荼羅の女性原理が

 

自分の体内で合一化して毘盧遮那仏が現れ,

 

毘盧遮那仏と一体化する」

 

イメージ操作を行った。

 

神秘体験をすることにより、解脱を目指したのである。

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 ※仏像とお寺の解剖図鑑より

 

仏像とお寺の解剖図鑑

仏像とお寺の解剖図鑑

 

 

金剛界曼荼羅

 

金剛界曼荼羅は、男性原理を表現している。

 

中央の座る大日如来は、

 

「知拳印」の印相をしている。

 

知拳印は一本だけ立てた指は、男性器を象徴する。

 

また、体つきも精悍男性的である。

 

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 ※左:金剛界曼荼羅大日如来、右:胎蔵界曼荼羅大日如来

 

胎蔵界曼荼羅

 

胎蔵界曼荼羅女性原理を表現している。

 

中央に坐する大日の世来は

 

「法界定印」の印相をしている。

 

両手で作る輪は、女性器を象徴している。

 

丸顔で体つきも丸みを帯びており女性的である。

 

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 ※図説・曼荼羅入門より

 

図解 曼荼羅入門 (角川ソフィア文庫)

図解 曼荼羅入門 (角川ソフィア文庫)

 

 

さらに大日如来の頭上には

 

「三角火輪」と言われる燃える三角形のシンボルが存在する。

 

これも女性器を示すものである。

 

本来は逆三角形で表現されていたが、

 

あまりにも露骨ということで中国に入ってきた段階で

 

三角形になったのだ。

 

※三角形が燃えているのはなぜか?気になるところだが、火を崇拝するゾロアスター教(あるいはアーリア人の火の神アグニ信仰)が関係するかもしれない。というのは三角形の上に坐するのは迦葉というゾロアスター教(拝火外道)から仏教への改宗者だからだ。

 

シャクティ信仰としての両界曼荼羅

 

 

両界曼荼羅は、

 

インドで別々に成立した

 

金剛界曼荼羅胎蔵界曼荼羅

 

中国で統合されたものであり、

 

両界曼荼羅の「男性原理+女性原理=完全」という思想は

 

直接的には中国の陰陽思想をベースにする。

 

しかし、

 

金剛界曼荼羅胎蔵界曼荼羅には、

 

女性原理のシンボルに溢れている。

 

仏教は本来、女性原理を冷遇していたが、

 

曼荼羅の中に女性原理が取り込まれた背景には

 

シャクテイ(性力)信仰があるだろう。

 

金剛界曼荼羅理趣会には

 

「恋愛感情→愛撫→交接→高揚」

 

という男女の営みを示した図式があるほどだ。

 

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 右:キューピットの矢(欲情)をもつ菩薩:恋愛感情を表現

左:腕を交差する菩薩:抱き合う・触れ合う男女を表現

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右:大摩竭の幡を持つ菩薩:摩竭はなんでも喰らう大魚→情欲をむさぼる男女を意味する

左:ドヤ顔で慢心のポーズで座る菩薩:男女の交合で高揚する感情を表現

※図説・曼荼羅入門より

 

また、仏教においては、

 

基本的には男尊女卑の思想であり、

 

「女性は悟りを開くことができない」と考えられたため、

 

ブッダ自身は「男であろうと女であろうと真実の車に乗って涅槃のもとにいたる」(相応部Ⅰ)としているが、それでも「真実の車に乗るため」の女性出家には消極的なスタンスをとっている。

 

菩薩は少しの例外を除いては男性であるが、

 

金剛界曼荼羅八供養菩薩四波羅蜜菩薩女性であり、

 

ヒンドゥー教などの地母神(ラクシュミーなど)が

 

取り入れられたと考えられている。

 

 

曼荼羅の中の女性原理のシンボルは

 

シャクティ信仰

 

つまり

 

古い地母神信仰の表れなのである。

 

真鍋俊照『日本密教と女神』「女神たちの日本」

「ここで重要なことは、密教で「女神」という場合に両者(男性と女性)の間にシャクティという神秘的な力が介在することである。…ところが我が国においては必ずしも明妃シャクテイの意味付けが明確でない。その理由は男・女神を人間と同じような交接のパターンでは認識されなかったからである。そのようにシャクティの本質が意図的に表現されなかったために女神の概念やイメージは神秘のヴェールにつつまれている場合が多い。また、造形上のことを考えると作者の意識の中に女神の存在の極地を何らかの伝承や縁起などの物語性の中に委ねている場合が多いのもそのためであろう。インドの後期密教が承継しているシャクティには世界の破壊と輪廻の側面が同居し、それはそのまま女性原理に支えられてきたといってよい。このシャクティの介在を男・女神の一体・融合の中に認めた造形は既述のように我が国では発展しなかったが、空海が大堂元年(806)に中国より持ち帰った両部曼荼羅やその後の別尊曼荼羅の中には、一見して「わからない」形で視覚化されている。」

 

曼荼羅とマリア

 

以上、メソポタミアから東寺の両界曼荼羅に至る

 

数千年の歴史を

 

「女性原理と男性原理」「宗教と性」の観点から

 

かなり乱暴にスケッチしてきたが、

 

そこからは、

 

オリエントの地母神

 

西に向かうとマリアとして現れ、

 

東に向かうと胎蔵界曼荼羅大日如来として現れ、

 

マリアも曼荼羅如来も同じ源をもつことが見えてきた。

 

 【追記】

 

◆五山の送り火

 

京都の夏の風物詩に五山の送り火(大文字焼き)というものがある。

 このイベントの起源には諸説あるが

 もともとは「灌頂儀式を大規模に行ったもの」とも考えられる。

 

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 ※仏像とお寺の解剖図鑑より。高野山金剛峰寺の伽藍配置灌頂儀礼の類似性が見られる。

 

「右大文字」は金剛界曼荼羅の「大」日如来

「左大文字」は胎蔵界曼荼羅の「大」日如来を表現し、

送り火は、

 左大文字と右大文字の中央に位置する「御所=王土」の

 安寧を祈願するあるいは

王権の絶対性を祈願する儀式だったのかもしれない。

 

曼荼羅と須弥山

 

両界曼荼羅は、男性原理と女性原理と捉えられる一方で

マクロコスモスとミクロコスモスを表すとも考えられる。

つまり、胎蔵界曼荼羅はマクロの世界を表し、

金剛界曼荼羅はミクロの世界を表しているのだ。

 

密教 (岩波新書)

密教 (岩波新書)

 

 

ここでインド人の世界観を見てみよう。

 

古代インド人は、

 

世界は

・物質世界と精神世界で構成された「欲界」

・精神世界のみで構成された「色界」

・より高度な精神世界で構成された「無色界」

できており、

欲界の中央に須弥山が聳え立ち、その上方に色界・無色界がある考えた。

 

西欧流の近代教育を受けている日本人にとっては違和感がある考え方だ。

 

デカルト流の近代科学では、

客観と主観を分離し、主観を排除し

客観的に宇宙・世界を把握しようとしているのに対し、

古代インドでは、

あくまで主観あるいは肉体を通じて世界を把握しようとしているからだ。

※この考え方は、実存主義現象学に近い考え方ともいえる。 

キェルケゴールの日記 哲学と信仰のあいだ

キェルケゴールの日記 哲学と信仰のあいだ

 

 ※私は、私にとって真理であるような真理を見つけなければならない。

人工知能のための哲学塾

人工知能のための哲学塾

 

 www.youtube.com

無色界のさらに上部に「悟りの世界」つまり「仏の世界」がある。

 

瞑想には、

 

肉体・精神・自我の感覚に応じて

 

初禅→第二禅→第三禅→第四禅→空無辺処→識無辺処→無所有処→非想非非想処

 

のレベルがある。

 

「初禅から第四禅」のレベルにおける世界認識が「色界」、

※座禅により肉体感覚が消えているレベル。自分の境界線が分からなくなるレベル。

 

「空無辺から非想非非想処」のレベルにおける世界認識が「無色界」

※自我の感覚が低下しているレベル

 

と捉えるのである。

 

ブッダは死の間際、瞑想を行い

 

初禅から入り、非想非非想処に至り

 

最後に悟り(ニルヴァーナ)に至ったと

 

ブッダ最後の旅」に書かれているように

 

インド人は

 

非想非非想処のさらに上がニルヴァーナであり

 

仏の世界と考えたのだ。

 

ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)

ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)

 

 世界は

 

「欲界」→「色界」→「無色界」→「仏の世界」という

 

垂直構造をしていると考えた。

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 ※図説・曼荼羅入門より

この世界観が胎蔵界曼荼羅にも示されている。

 

胎蔵界曼荼羅の一番外には最外院という領域があり

そこには、「欲界」「色界」「無色界」が表される。

無色界の上部にある仏の世界が「最外院」の内側に配され、

内側に行けば行くほど世界の上部に至るのであり

曼荼羅の中心はトップオブザワールドで

そこには大日如来が鎮座しているのである。

 

本来、曼荼羅は壁に掛けるのものではなく、

床に敷いて用いるものであり、

行者は、曼荼羅の中心に座り、世界の頂上での座禅を観想したのである。

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 ※仏像とお寺の解剖図鑑より

【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎⑧

◆唐のにぎわい

 

若き空海が中国に渡ったころ、

 

唐には

 

シルクロードと海洋交易を通じ

 

西方の文物が大量に流れ込み、

 

国際色豊かな大都市として発展していた。

 

唐の酒楼(高級ナイトクラブ)では、

 

白人の鼻の高いイラン・ソグド系の女性(胡姫)が

 

目にブルー(アフガニスタン産のラピスラズリ)の

 

アイシャドーを塗り、

 

ワインで貴族や商人の男や放蕩息子をもてなした。

 

また、酒楼の華は、胡姫の舞う胡旋舞であった。

 

胡旋舞は

 

イラン系ソグド人の舞で、

 

長い布を身に着け布を棚引かせながら

 

クルクルと舞う様式の舞踊である。

 

詩文にあるように

 

「羅」というシースルーの衣服だけでおどったら、

 

世の男どもを悩殺するには十分だっただろう。

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 ※森安孝夫「シルクロード唐帝国」より 

 

エキゾチックで欲望渦巻く唐の空気は、

 

若き空海の目にはどのよう映っただろうか。

 

伝統に風穴を開ける俗世のエネルギーを感じたかもしれない。

 

唐の人のオリエント・フリークは相当なもので、

 

中国の古来思想と異なる思想をどんどん取り入れていった。

 

異質の宗教がすんなりと中国に入り込んだ一つの一因に

 

異国の世俗的文化の魅力が

 

中国人の異文化に対する警戒感をやわらげたからなのだろう。

  

ゾロアスター教キリスト教の寺院が唐に建てられ、

 

仏教でも、

 

できたてほやほやの密教がインドから伝来し、

 

空海はこれを習得して日本に伝えるのである。

 

興亡の世界史 シルクロードと唐帝国 (講談社学術文庫)

興亡の世界史 シルクロードと唐帝国 (講談社学術文庫)

 

 

密教の歴史

 

密教は、三段階で発展したと考えられている。

 

初期密教は、現世利益を目的としており、

儀式のやり方など儀礼・呪術を教義の中心に据えていた。

 

中期密教では、解脱(宗教的自由の獲得)が目的とされ、

手段として①印の結び方、②マントラの唱え方、③観想の方法が体系化された。

曼荼羅は、アーリア人の神々、ヒンドゥーの神々、仏教の神々をミックスしたパンテオン(仏教の神々を中心にその他の神々は従属する体系)を表し、観想法において利用される。

 

後期密教では、性的エネルギーを重視し、解脱の手段として性行為を積極的に取り入れる宗派がでてきて、「退廃的」思想色(左道)が濃くなった。

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 ※チャクラサンヴァラ図 wikipediaより 交合する男女の図。後期密教の世界観を表す

 

後期密教は最終的には衰退していく。

 

修行としての性行為なのか、

 

あるいは

 

単なる快楽主義なのかは見分けがつかない。

 

宗派に快楽主義者がいる可能性がある限り、

 

社会から拒絶されるのは当然の流れといえる。

 

後期密教色の強いチベット密教

 

当初は左道の方向に教義が進んだが、

 

その後、改革者のツォンカパが出現し

 

性的ヨーガの意義は認めつつも、

 

「実践」は禁じ「観想」による修行をもとめるようになる。

 

 

 

真言密教の性格

 

空海が日本に伝えた真言密教

 

中期密教に属するといわれるが、

 

初期密教と後期密教の性格をもっているようだ。

 

ビジネス感覚に長けた空海は、

 

平安貴族の現世利益のために種々の呪術を行っているが、

 

これは真言密教の初期密教性をしめしている。

 

真言密教では、

 

両界曼荼羅を重視する。

 

一般に

 

胎蔵曼荼羅は、「真理の道理の世界」を表し、

金剛界曼荼羅は、「知恵の働き」表しており、

 理と智は表裏一体で「理智不二」と呼ばれる。 

 

 と説明される。

  

胎蔵が「子宮・理」、金剛が「男根・知」を意味し、

 

それが一体不可分と説いている。

 

これは中国の陰陽思想の影響下の思想と考えられるが、

 

インドの

 

地母神の性力であるシャクティ(女性原理)と

 

宇宙あるいは知恵を体現する男性原理が結合し、

 

宇宙・知恵が完成される」という

 

シャクティ信仰もその背景にあるではないだろうか。

 

空海は「秘蔵記」の中で、 

 

「加」とは諸仏の御念なり。

「持」とは我が自行なり。

※自行:修行、瞑想のこと

また「加持」とはたとえば父の精をもって母の陰に入るる時

母の胎蔵のよく受持して種子を生長するがごとし。

※加持:加持祈祷の「加持」。仏と一体になること。

諸仏悲願力をもって光を放って衆生を加被したもう。

これを諸仏御念という。 

 

と記している。

  

空海が提唱する「入我我入」「即身成仏」と合わせて解釈すると

 

※入我我入:仏が自分の体に入ってくるイメージと自分が仏の中に入っていくイメージ

を連動させて悟りの境地にいたる観想法のこと

※即身成仏:生きながらにして悟りの境地にいたること

※観想法:イメージ操作により悟りの境地を体験すること

 

空海は、

 

仏と一体となる観想法を

 

男女の交接のアナロジーを以って理解しているのである。

 

空海の加持論にもシャクティ信仰類似のエロティシズムが見られる。

 

また、空海が持ち帰った理趣経では

 

男女の交わりを肯定的なものとして位置付けている。

 

理趣経:左道的傾向のある経典。空海東大寺の座主にもなった関係で、現在でも、理趣経東大寺の大仏へ捧げているそうだ。

 

真言密教にも

 

性的エネルギーへの信仰が隠れており、

 

後期密教の性格を持っているのである。

 

空海の企て 密教儀礼と国のかたち (角川選書)
 

 

 

【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎⑦

シャクティ信仰とタントラ

 

ヒンドゥー教シャクティ信仰は新たな展開を見せる。

 

古来よりインドには

 

肉体と精神との調和を目的とした

 

独特な人体生理学に基づく身体技法(ヨガ)があったが、

 

※具体的には「呼吸抑制」と「イメージ操作」などで、仏教の「修行」もヨガの一種である。

 

 

ヨガシャクティ信仰

 

さらにはヴェーダの呪術が結びつき

 

肉体的・精神的感覚をコントロールする

 

実践的な教義タントリズムが登場するのである。

 

タントリズム

 

呪術的な力を持つとされる聖句(マントラ)を唱えつつ

 

絶対者・最高神との合一を目指し、

 

ヨガを伴う秘密の儀礼を行うもので

 

より高次の存在様式への昇華をめざした。

 

秘密の儀礼には既成概念を打破して精神を開放

 

宗教的自由(解脱)の境地を目指す意味がある。

 

 

既成概念の打破の手段として、

 

「死体・経血との接触」や「肉食と乱交」など

 

非日常的行為を実践する一派もあり、

 

性的行為「実践」する宗派は「左道」とよばれた。 

エロティシズム (ちくま学芸文庫)

エロティシズム (ちくま学芸文庫)

 

  ※バタイユの「エロティシズム」を思わせる。「エロティシズムの本質は性の快楽と禁止との錯綜した結合の中に与えられている。」

 

一方、

 

性的行為はあくまで「観想」の内で行う宗派は「右道」とよばれた。

 

いずれにせよ

 

地母神(女性原理)の性力を体内で活性化させること」

 

を目的にしたのである。

 

初期仏教

 

「寂静」を目指してヨガを実践したのに対し、

 

ヒンドゥー教のタントラ

 

「絶頂」を目指してヨガを実践したことは

 

好対照をみせるのである。

 

◆タントラと密教

 

ヒンドゥー時代で発展したタントラは

 

ヒンドゥー教の模倣戦略をとっていた仏教にも取り入れられ、

 

密教の中で発展していく。

 

ヒンドゥータントリズム仏教タントリズムの相互関係には諸説あるが、

ほぼ同内容の思想を共有している。

 

こうして、

 

密教の中に潜りこんだ

 

オリエント地母神信仰(シャクティ信仰)が

 

やがて中国へそして日本へやってくるのである。

【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎⑥

◆女王の帰還

 

インダス文明では地母神が崇拝の対象であったが、

 

ヴェーダ時代になると地母神は表舞台から消える。

 

しかし、

 

バラモン教がインダス由来の土着信仰を取り入れ

 

ヒンドゥー教に変化すると、

 

古層の地母神信仰(女性原理)が再び息を吹き返すのである。

 

◆シャクテイ信仰

 

この地母神信仰の中心となるのがシャクティである。

 

シャクテイとは

 

「生命を生み出す大地」のアナロジーから生まれた概念で

 

地母神のもつ強力な生殖力・性力を意味する。

 

シャクティ

 

「男性原理を活性化あるいは生み出す」原理

 

と考えられた。

 

インドの神々も

 

シャクテイ信仰の影響を受け、

 

ヴェーダ時代の男神あるいはシヴァ・ヴィシュヌに

 

インド古来の地母神があてがわれ、

 

男女一対神の形態をとるようになり、

 

偶像にもその影響が見られるようになる。

 

たとえば、「ヴィシュヴァルーパ・ヴィシュヌ」像などである。

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※ネパール・チャング・ナラヤン寺 宮地「仏像学入門」より

 

直立不動の宇宙を体現するヴィシュヌを地母神プリティヴィが支え、

 

ヴィシュヌの支配者としての保証を与えているのである。

 

この影響はヒンドゥー教の神々を取り入れていた仏教にも及ぶ。

 

仏教の説話に「降魔成道」という説話がある。

 

 

ブッダが修行中に悪魔が現れ、

 

悪魔は、修行中のブッダを邪魔するために

 

「お前は悟りをひらいたというが、それを一体だれが証明するのか」

 

と尋ねた。

 

ブッタは、そっと大地に手を触れ(触地印を結び)、

 

地天女を召喚した。

※地天女=ヒンドゥー教がのプリティヴィに相当

 

それを見た悪魔は納得し、姿を消す

 

 

この説話は仏像のモチーフとなり、

 

「降魔釈迦像」

 

として現される。

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※降魔成道 宮地「仏像学入門」より

 

ブッダは地天女により精神世界の支配者としての保証を与えられるのである。

 

ここには、

 

メソポタミア地母神と同じく

 

「王権・支配権を付与するあるいは裏書する」

 

地母神(女性原理)の機能を見て取ることができる。

  

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※東寺の国宝・兜跋毘沙門天毘沙門天を地天女が支えるが、これも「降魔成道像」と同じく、力や正当性を女神が裏書きしていることを意味している。直立姿勢は「ヴィシュヴァルーパ・ヴィシュヌ」と同じく宇宙軸を示す。なお、兜跋毘沙門天がオリエント風のマントを着ているのは、この像がイラン系部族の国で作られ始めたからである。

http://dsr.nii.ac.jp/narratives/discovery/07/

仏像学入門 〈増補版〉: ほとけたちのルーツを探る

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  ◆オリエントの地母神信仰

 

ヒンドゥー時代に復活した

 

インド古来の女性原理には、

 

男性原理を完成させる、

 

あるいは

 

王権・支配力を付与する機能があり

 

メソポタミアにおける女性原理と同じである。

 

ここで「桃太郎の母」の記載を引用しよう。

 

「(シャクテイ信仰)は、大母神による性的二元論の統一というべき信仰であって、永遠に生殖する女性エネルギーたるシャクティ(性力)を擬人化した大母神が永遠の男性原理たるプルジャと和合して、神々を含む全宇宙を生み出すという思想を基礎に持つ。この母神はその最高の形態において、シヴァの妻と同一視されるが、彼女はまたシヴァをも生み出した母神であり、彼の上位に位置する。」

 

「この思想の根底に横たわるものは、決してアーリア的ではない。先アーリア期のインド基層文化に属する原始母神信仰がヴェーダやウッパニシャッドの男性優位の教義に反逆して、…顕現したものであり、その基調を為す原始母神の観念が≪インドそれ自体と同じ古さを持つことはすでに学者の指摘したところである。」

 

「しかも、このような原始母神の信仰はひとりインドにとどまらず、…西南アジアから東地中海にわたる古代オリエントの文化圏に広く見受けられるものである。原始地母神自らの生み出した男性神を配偶者として従属せしめるというシャークティズムに含まれる根本思想もまた、小アジアから東地中海沿岸一帯をめぐる古代の信仰のうちに見いだされる。

 

新訂版 桃太郎の母 (講談社学術文庫)

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 このようにインドのシャクテイ信仰もまた

 

古代オリエント地母神信仰のひとつの表れなのである。

 

次回は、シャクテイ信仰の発展形態のタントリズムについてみてみよう。