京都痕跡町歩き

街角にひそむ歴史の痕跡を探して

【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎②

古代宗教における女性原理男性原理との関係はどのようなものだったのか??

 

世界最古の物語、ギルガメシュ叙事詩を素材にみてみよう。

 

ギルガメシュ叙事詩

 

ギルガメシュ叙事詩の概要は以下のようなもの(かなり適当)。

 

 

・昔々、メソポタミアに半神半人のギルガメシュという暴君がいた。

・神々は、ギルガメシュを懲らしめるためにライバルのエンキドゥを創造する。

・野山を駆ける野人エンキドゥは、神殿娼婦に導かれギルガメシュ王の統治するウルクにやってくる。

・エンキドゥとギルガメシュは争うが、互いに認め合い親友になる。

・エンキドゥとギルガメシュは、森の悪魔フンババ退治にでかけ、フンババ勝利する。

・大地の女神・イシュタルは、ギルガメシュの雄姿にほれ込み、

求婚するも、ギルガメシュに罵詈雑言を浴びせかけられたうえに振られる。

・メンツをつぶされたイシュタルは激怒し、天の牛を地上に遣わし災いをもたらす。

・そこで、エンキドゥとギルガメシュが協力して天の牛を殺害。

・天の牛を殺したことで、エンキドゥは神々から呪いをかけられ死亡

・親友の死にギルガメシュは、自分もいずれ死ぬ運命を憂い、永遠の命をもとめて旅をする。

・大洪水を生き延びた男から永遠の命をもたらす植物を手に入れるが、旅の途中でに奪われてしまう。

 ※死への向き合い方などは東洋思想に親近性がある。世界最古の文学とは思えないほどよく練られた物語

ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫)

ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫)

 

 

www.youtube.com

 

この物語の中で注目すべき点は、

 

・野山を駆け巡っていた野人のエンキドゥが、

神殿娼婦と交わることで、知恵を得て野人から文明人に変化したこと

 

ギルガメシュは、大地母神のイシュタルとの聖婚を拒絶することにより、を受け入れなければならなくなったこと。逆をいえば、イシュタルを受け入れれば不死を手に入れ人間以上の存在に成りえたこと。

※イシュタルとドゥムジーの神話では、人間であった牧人ドゥムジーは、イシュタルの愛を受けることで、神性が与えられた。

 

である。

 

ギルガメシュ叙事詩(ちくま学芸文庫)の解説では

 

 エンキドゥは、この遊び女(神殿娼婦)によって野生の荒々しさを捨て去り獣の状態から人間にかわり、女といっしょにおとなしくウルクに向ったのであるが、この根底には単なる風俗以上の原初の観念が潜んでいるように思われる

 

とある。

 

敷衍すると

 

女性原理と交わることで、

男性原理がアップグレードされる

 

という思想があったということだろう。

 

旧約聖書では「イブにそそのかされたアダムが木の実を食べ知恵を得た」という話があるが、エンキドゥと神殿娼婦の話はその源流にあたる。ギルガメシュ叙事詩では、女性が直接的に男性に知恵を与えたという構造になっており、女性原理が肯定的にとらえられていた。

 

f:id:korot:20170706092624j:plain

 ※ジグラト:神殿の頂上には寝台があり、そこで神婚の儀が行われた。(wikipediaより)

 

物語だけでなく、

 

実際のシュメールの王も、

神殿(ジッグラト)の頂上にある寝台で、

塗油行為を伴った神殿娼婦との聖婚により、

その王の地位を確かなものにした

 

とされる。

 

 ギルガメシュ叙事詩には「香油でお前を聖別した女(神殿娼婦)は、今お前のことを嘆いている」と書かれているが、神殿娼婦との交合においては塗油行為が伴っていいたようである。救世主のことをメシア(油を塗られし者)とよぶが、これもシュメールに起源がある。オリエントなどの乾燥地帯ではメンテナンスのために道具や肌に油を塗る行為が一般的に行われていた。そのため「塗油=質を向上させる=完成させる」というイメージの連関があるのだろう。ちなみに、シュメール文明では、契約成立の際に当事者の頭に油を注ぎ合ったそうだが、これも「塗油=完成・成立」というイメージに基づくものだろう。

図説世界女神大全

図説世界女神大全

 

 

◆生贄にされる王

 

さらに古代メソポタミアでは、

 

男性原理が一度殺され、

女性原理と交わることで再生する

 

という思想もあったようだ。

 

それを示すのが

 

神話の中の大地母神イシュタルと夫・ドゥムジーとの関係である。

 

イシュタルの冥界下りの概要は以下の通り(適当)。

 

 ドゥムジーが冥界へ行くと、生物が生殖活動をやめてしまった。

女たちは地上に座り、髪を振り乱して涙を泣かしてドゥムジーの復活を願った。

そこで、イシュタルはドゥムジーを取り戻すべく冥界に下り、

ドゥムジーを連れ帰った。

そうすると地上で生命活動が再びはじまった。

 

旧約聖書エゼキエル書にもよく似た記載があり、イシュタルの冥界下りの話はオリエント世界で普及していたと考えられる。また、東方へも伝播し七夕伝説の起源ともなった。イシュタルは冥界へ行く際に七つの門をくぐりそのたびに衣服を脱がされるという記載がある。冥界と七という数字の関連性は、仏教の「四十九日法会」「初七日法会」にも影響を与えているし、古事記イザナギは、冥界のイザナミに会いに行く際に、七つの衣服を脱ぐのであるが、これなどはイシュタルの冥界下りの影響を受けていることに疑いないところである(「ギルガメシュ叙事詩」(ちくま学術文庫・解説)「死と再生」(井本英一)参照)。

 

一年の季節のサイクルを、

 

・冬になり男性原理(生命活動)が弱まると、

・男性原理は一度殺され、

・女性原理が冥界に下り、

・男性原理と交わることで

・男性原理を再生させる

 

と解釈したのだろう。

 

シュメールの王は、神話の世界観をそのまま儀式として再現したそうだ。

 

つまり、

 

新年に

王がドゥムジーに扮して、

神殿娼婦がイシュタルに扮し、

神殿の頂上で性行為に及んだ

 

とのことだ。

 

また、

 

シュメールの王朝の後のバビロンの新年祭では、

 

王は祭司に殴られた

 

バビロンの聖典では

「もし王が打たれた時に涙を流さなければ、悪い年の兆候である」

と記されている。

 

さらに、

 

バビロンのサカイアの祭りでは、

 

死刑囚は、祭りの5日間だけ王位を譲られ、

王衣を着て王妃と床を供にすることができたが、

後に串刺しによって殺害されたそうだ。

 

これらの儀式は、男性原理が一度殺されることを祭りで再現したものだ。

 

図説 金枝篇(上) (講談社学術文庫)

図説 金枝篇(上) (講談社学術文庫)

 
神話・伝承事典―失われた女神たちの復権

神話・伝承事典―失われた女神たちの復権

  • 作者: バーバラウォーカー,山下主一郎,栗山啓一,中名生登美子,青木義孝,塚野千晶
  • 出版社/メーカー: 大修館書店
  • 発売日: 1988/06
  • メディア: 単行本
  • 購入: 1人 クリック: 2回
  • この商品を含むブログ (4件) を見る
 

 ※供犠の項目参照

 

手持ちの資料では、

 

シュメールの風習で王(あるいは代理の王)が

 

実際に殺されたということは確認できないが、

 

 

ギルガメシュ叙事詩の中の天牛が殺害する下りなどからすると、

 

シュメールでは

 

男性原理の殺害は、殺牛によって仮託されたのではないかと個人的には思う。

 

ギルガメシュ叙事詩では、

 

 

天牛が殺害されると、

 

神殿娼婦が死んだ天牛のももの上で悲嘆にくれ、

※「もも」は、生殖器の婉曲表現として用いられる。

 

その後、天牛は豊かな財宝を地上にもたらした

  

 

と書かれている。

 

不可解な記述だが、次のように考えればいいのではないだろうか?

 

雄牛は一般に男性神を意味することが多いし、

 

娼婦が悲嘆にくれる様は

ドゥムジーが地上から消えた時の女たちの反応とよく似ている。

 

また、牛の生殖器と娼婦という組み合わせは、性行為を暗示するものである。

 

殺牛=ドゥムジーの死

 ↓

女たちに嘆き

 ↓

神殿娼婦が牛の生殖器の上に座る=イシュタルとドゥムジーの交合

 ↓

天の牛の恵み=豊穣の回復

 

とみることもできるのではないだろうか?

 

◆キリストとマリア

 

このように古代メソポタミアにおいては、

 

女性原理が男性原理を完成させ、

 

男性原理は一度殺害された後に

 

女性原理によって復活を遂げる

 

という思想があったようである。

 

ギルガメシュ叙事詩では

 

ギルガメシュがイシュタルを罵倒するなど

 

地母神イシュタルの地位(女性原理)に陰りがみえるが

 

それでも女性原理はまだ主導的地位にあった。

 

古代オリエント世界では地母神(女性原理)の地位は強大だった。

 

 ※名作漫画。元SASの保険オプ兼考古学者が古代地母神を探求する物語でもある。おススメです。

 

 

これらの思想は、

 

キリスト教のキリストとマグダラのマリアとの関係にも通ずるものがある。

 

マグダラのマリアは「塔(ジグラト)の上のマリア(神殿娼婦)」という意味があるし、

 

キリストは地上の王として一度死に復活を遂げているが、

 

塗油行為などキリストの復活に関与したのはマリアである。

 

次回は、古代メソポタミアの思想が聖書に与えた影響をみてみたい。

 

【追記】

関連しそうな記載をいくつか紹介します。

◆「死と再生」(井本栄一・人文書院)

「バビロンの新年祭」でもすでに香が焚かれていた。新年の朝、祭司はユーフラテス河の水を神殿に撒き、銅のドラムを打ち鳴らして香炉と松明を振りかざして神殿を浄めた。その後で羊を殺し、その死体で神殿を浄め、そして、河に投げ込んだという。バビロンの主神マルドゥク歳末に死に人々が大声で号泣するなかを…ヘロドトスによるとバビロンのジクラトの下手にもう一つ神殿があり、ここの主神の祭りでは1000タラントの乳香を炊いたという。この主神とはマルドゥクのことで、この社で焼香のうちに死すべき神が祭られた。二組に分かれたバビロン市民の模擬戦闘のあと、再生した神は上手にあるジクラトの頂上で巫女と聖婚してよみがえったのである。」

※主神の名前が異なっているが、儀式の基本構造はシュメール文明と酷似している。

死と再生―ユーラシアの信仰と習俗 (1982年)

死と再生―ユーラシアの信仰と習俗 (1982年)

 

 ◆神話・伝承辞典(バーバラ・ウォーカー・大修館書店)

王位:…男系長子相続の法は存在しておらず、王が自分の息子によって相続されることは稀だった。シュメールやアッシリアの王の場合、王が誰なのかわからなかった。エサックルナ王は「無名の者の息子」と呼ばれた。…王位に就くためには、この地上の女神を体現している女王と結婚しなければならなかったのであり、これが聖婚の本来の意味だった。」

※王位の正当性を与えるのが、神殿娼婦との聖婚だった

イシュタル:…新年の元日には、イシュタルとタンムズが床をともにすることになっている。そこで、地上の王は神殿の秘密の部屋で女神(神殿娼婦)と交合の儀式を行い、神話的な聖婚を再現する…ギルガメシュによれば、イシュタルは愛人に対して残酷だった。それは、彼女の愛人たちが次々と例外なく、自らの血で大地の生産力を回復させるあの生贄となる男神を体現していたからである。雄牛がこの男神の化身とみなされた場合、その雄牛は去勢され、切断された雄牛の生殖器がイシュタルの像に向って投げつけられた。…イシュタルの巫女たちは年ごとにエルサレムの神殿で女神に男神を捧げる供犠の儀式を行っていた模様である。…彼女に仕える聖なる女たちは、年に一度、生贄にされたタンムーズの死をいたんで声を上げて泣いた(エゼキエル書)」

ミノス:…神話編纂者は、供犠としてのパシパエー(女神)と雄牛神との交わりを奇妙な倒錯とし、彼女の息子の雄牛の顔を持つミノタウロスを化け物として書き換えた。しかし、生贄の動物数頭との性交の仕草を演じるのは、古代オリエントの女王たちの風習であった」

ギルガメシュの天牛と神殿娼婦のくだりを考えるうえで参考になりそうだ。

神話・伝承事典―失われた女神たちの復権

神話・伝承事典―失われた女神たちの復権

  • 作者: バーバラウォーカー,山下主一郎,栗山啓一,中名生登美子,青木義孝,塚野千晶
  • 出版社/メーカー: 大修館書店
  • 発売日: 1988/06
  • メディア: 単行本
  • 購入: 1人 クリック: 2回
  • この商品を含むブログ (4件) を見る