京都痕跡街歩き

街角にひそむ歴史の痕跡を探して

【京都と出雲氏】 消えた出雲族を探して④

記紀の中の出雲族(出雲神話)

 

記紀歴史学的価値

 記紀は戦前の皇国史観のアレルギー反応から歴史と結びつけることがタブー視されてきました。また、出雲を低くみる傾向があり、出雲神話は完全なフィクションとみるのが大勢でした。しかし、時間の経過とともにアレルギー反応は鎮静化していますし、出雲族に関する考古学上の歴史的発見が相次ぎ、出雲神話にも歴史の真実があるのではないかという考え方が広がりつつある状況です。

記紀の目的は大和朝廷の統治の正当性を明らかにすることがですが、粗筋を見るだけでも、大和朝廷にとって不利な記述も含まれています。

それは、記紀を編纂される段階で当時の人々の記憶に残っている歴史を無視しえなかったからだ。大和朝廷にだけ都合のいい事実を書き連ね、現実とかい離したストーリーを作ると「嘘ばっかり!!」とそっぽを向かれ、記紀編纂の目的が達成できなかったからでしょう。

編纂当時の権力構造(大王家・物部氏藤原氏)を考慮に入れる必要はありますが、大和朝廷にとって都合の悪い記述であったり、考古学的事実等と符合する記述は大筋で認めていくのがいいではないか。

 

能書きは、これくらいで記紀の粗筋追ってみます。

 

◇国生みからスサノオ追放まで

 

【国生み】

イザナギイザナミが国生みを行う。

    ↓

イザナミが出産時に死亡

    ↓

・黄泉の世界でイザナギイザナミが夫婦喧嘩

    ↓

イザナギが命からがら黄泉の国から帰り、単体生殖で三貴神を生む。

 三貴神とは、①アマテラス、②ツクヨ、③スサノオ

    ↓

・アマテラスは天上界、ツクヨは夜の世界(あやしげな響き)、スサノオは海の世界の統治を命じられる。

 しかし、スサノオは、死んだイザナミが恋しくて泣いてばかりで仕事をせず、

すったもんだで地上の世界に追放される。

 

記紀の話は荒唐無稽な話が続きます。

 

「へー、そーなんだー(棒読み)」という感じですが、

特に古事記には、古代日本人の精神性が見え隠れするので荒唐無稽な部分も重要です。以上の話の中にもすでに重要な概念が隠れています。

 

まず、世界が、「天上界→地上界→黄泉の国」の垂直方向で構成されていること。

 

そして、スサノオが天上界から追放されることで、

「天上界→地上界の序列」が明確になりました。

天上界出身の神様(天津族)と地上界出身の神様(国津神)もこの序列に従います。

基本的には、天津族が大和朝廷側、国津神が征服される土着の神様という構造です。

 

 ちなみに夜の国のツクヨは放置プレイです。話に出てきません。

3項対立と見せかけて天上と地上の2項対立に落ち着く。

伏線を張っておいて回収しないという話が記紀には結構あります。

河合隼雄氏は、これを日本人の精神の中空構造と呼んでいます。

 

 また、スサノオが天上界で犯した悪事として

 

「機織りをしている女神に向って、皮を剥いだ馬を投げつけ、

驚いた女神が尻もちをついたところ、ホトに機織りの器具が突き刺さって

死んだ」

 

という突拍子もない話がありますが、

 

これに似た神話(女神を犯す馬の話)が

北欧神話ギリシャ神話・古代インドのヴェーダの儀式(馬犠牲祭)に見られるので、

インド・ヨーロッパ語族系の北方騎馬民族から

この話が日本に伝ったことが想定されます。

 

思想伝播を知る上でも神話は重要なのです!

 

※詳しくは↓ 

マハーバーラタの神話学

マハーバーラタの神話学

 

出雲神話

スサノオが追放された地上の国の出雲でヤマタノオロチを退治し、

めでたくクシナダヒメと結ばれ、幸せな生活を送ったとさ。

    ↓

スサノオの6代後のオオクニヌシが出雲の国(地上界)をほぼ統一。

    オオクニヌシは国造りの際に、自分の分身のオオモノヌシに協力を仰いでいる。

 オオモノヌシは条件として三輪山に自分を祭るように要求した。

    ↓

・天上からこの様子をみていたアマテラス。地上界も天孫族が統治すべきといいだす。

 アマテラスはタケミカズチを派遣して国譲りを迫る。このタケミカヅチは手を剣に変形できるなど戦闘力が桁外れ(「寄生獣」みたい)。オオクニヌシは、国譲りはやむなしと考えるが、息子二人に相談してから結論を出すと回答を保留する。一人の息子のコトシロヌシは「いいんじゃね」と腑抜けた答え。一方、もう一人のタケミナカタは好戦的で「ざけんな」とタケミカヅチと一戦交えるが、タケミナカタの完敗。しまいには諏訪まで敗走する始末。もはやここまでとオオクニヌシは国譲りを承諾するのであった。

かわいそうなオオクニヌシ

 

以上が国生み~国譲りまでの粗筋。

 

古事記出雲神話を記載しているが、正史の日本書紀は大和政権以外の勢力の活躍を良しとしなかったのか出雲神話の記述が少ない。

 

考古学に加え記紀から伺える日本海文化圏の範囲は広大だ。

 

古事記には、オオクニヌシが越(新潟)の国の女性をはじめ様々な地方の女性と関係を持つ話が盛りだくさんで、正妻のスセリヒメが嫉妬するほど。四隅突出型墳丘墓や素環頭鉄刀の出土などから考古学的に出雲と日本海沿岸の地域とはつながりがあったことが認められるが、オオクニヌシの女性遍歴は、出雲族が政略結婚を通じてヒスイ・鉄などの海運ネットワークを確保して勢力を拡大していったのメタファーとみることができる。

 

・また、出雲大社から三本の巨木を束ねた遺構がでてきました。一方、長野の諏訪大社では、四本の巨木を建てるという風習があり、両者は巨木文化でつながっています。諏訪といえばタケミナカが敗走した場所です。出雲から諏訪までは、日本海の海流にのり、糸魚川あるいは千曲川を遡上するとたどり着きます。

諏訪までも日本海文化圏の影響が及んでいた可能性があります。

 

・さらに、安曇族は日本海を転々と移動する海洋民族ですが、活動範囲が出雲族とかさなるので、出雲族と安曇族も密接な関係があったと思われる。

安曇族の拠点は北九州の宗像ですが、古事記では「出雲族の長が北九州に遊びにいって不在にしている」という一節もある。さきほどのタケミナカタの敗走ルート上には、安曇族が住んでいたとされる安曇野がありますし、「ムナカタ」と「タケミナカタ」とは音的に似ており、同一の存在の可能性すらあります.

 

・前回の記事で紹介したように、出雲族中国地方、近畿の奈良盆地にも進出している可能性があります。特に奈良盆地には大三輪山のオオモノヌシだけでなく、葛城のヒトコトヌシなど数多くの出雲の神が祭られていますし、日本海から奈良盆地に至るルート上には、磐座信仰のある出雲系の神社が点在しています。

出雲と大和までは遠いという印象がありますが、丹後・丹波から琵琶湖に入れば、大和までは川伝いでアッという間にたどり着きます。

丹後・丹波~大和までは高速道路ならぬ高速水路が走っていたといってもいいでしょう。(かつて、日本海と琵琶湖を繋いで、日本海から瀬戸内海まで抜けられる運河を作る計画があったそうですよ~)

 

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(三浦佑之「古事記」(NHK出版)を参考に加筆・修正)

 

以上から、日本海文化圏の出雲(United States of IZUMO)は

・東は、新潟・信州

・西は、北九州

・南は、奈良盆地

・北は朝鮮・満州

までの勢力を誇っていた。

 

出雲は倭の中心的存在で、

日本地図を南北をひっくり返して「表日本」と呼ぶにふさわしい存在でした。

 

次回は、神武東遷以降の出雲を見いきます。

 

【参考文献】

三浦佑之「古事記」(NHK出版)

NHK「100分de名著」ブックス 古事記

NHK「100分de名著」ブックス 古事記

 

 *古事記入門におすすめ↓

 

【追記】

◇方言から見る日本海文化圏

 

出雲族は、縄文系の民族と渡来系の民族の融合により誕生したと考えられるが、

基層部分は縄文系の民族である。日本海文化圏は、縄文文化を基調としている。

現在の標準語的な日本語は、アイウエオの5つの母音で構成される。

しかし、縄文時代には、イとエ発音が融合あるいはイとエの中間の母音のある言語を話していた(ズーズー弁・ジージー弁・イとエの区別のない方言に分類される)と思われる。お寿司を「オススェ」と発音するイメージ。

 

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現在の方言の分布図から、北海道・東北・東海・北陸・山陰にかけて、縄文語系列の言葉が話されていたことが分かる(方言周圏論:大和を中心に同心円状に古い言語が残存する)。日本海文化圏も縄文語系列の言語を話してたのです。

 

しかし、大和政権が勢力を伸長する中で大和地方の言語が広がり、古層言語も失われていく。大和政権の官道(北陸道東山道)に沿って、縄文語系列の方言が失われていることからもわかる。

もっとも、出雲や富山の一部、東北の北部は、官道が通過しているにも関わらず方言が失われていない。日本海文化圏のアイデンティティを強く意識していたからでしょうか。

 日本海文化圏といっても均質ではなく、アイデンティティの意識の強さ・構成員の流動性・大和政権の支配に対する受容度に開きがあります。

 

※小泉保「縄文語の発見」参照

縄文語の発見 新装版

縄文語の発見 新装版

 

 

 

核DNA解析でたどる 日本人の源流

核DNA解析でたどる 日本人の源流

 

 ※DNAレベルで出雲と東北の近親性が立証されるそうだ。興味ぶかい話がある。

 

◇女神信仰

 

出雲神話は女性が重要な役割を果たします。

 

オオクニヌシは、傷ついたウサギを助ける心が優しく素直な美青年でした。

そんな性格が災いして、意地の悪い兄弟神からひどい仕打ちを受けていました。

 

しかし、そんなオオクニヌシを女神たちが放っておくはずがありません。

母性本能をくすぐるものがあったのでしょう。

オオクニヌシは何度も兄弟神に惨殺されるのですが、

その度に女神たちによって救い出されます。

また、オオクニヌシが窮地に立たされたとき、女神たちはオオクニヌシを支えます。

女神の力によってオオクニヌシは地上界の王になったといっても過言ではない。

 

オオクニヌシの祖・スサノオは、イザナミが恋しくて泣き続けるマザコンですし、

スサノオは、ムナカタの3姉妹の女神を生み出します。

ムナカタとゆかりの深い丹後では天女の羽衣伝説や

穀物・生産の女神・トヨウケビメの伝説が伝わります。

 

 

特に出雲神話には、女性的・母性的な香りが漂います。

 

南方系の神話には

「女性→出産→生産→大地(地母神)」をメタファーとする話が多いそうです。

北海道の遺跡からは、南方でしか捕れないゴホウラ貝の装飾品が見つかっており、

南方諸島と北海道を繋ぐ日本海ルートの存在も明らかになってきています。

 

出雲神話の古層には南方系(縄文系)の女神信仰があるのかもしれません。

 

※三浦佑之「古事記」(NHK出版)参照