京都痕跡町歩き

街角にひそむ歴史の痕跡を探して

【曼荼羅とマリア】東寺・両界曼荼羅の謎①

今回は、京都の東寺の寺宝「両界曼荼羅」に秘められた意味を探ってみたい。 ※国宝:両界曼荼羅 今まで曼荼羅を見ても、 「ゴテゴテして品のない美術だな」くらいにしか考えず、 美術館や宝物殿を華麗にスルーしていましたが、 山折哲雄氏の「空海の企て」と…

【心霊スポット?】京都北山・愛欲の狐坂

京都の狐坂(きつね坂)は、 北山・松ヶ崎と岩倉・国際会館を結ぶ峠道で 京都屈指の心霊スポットとして名高い??そうです。 おいらは、時々夕方にマラソンで狐坂に行きますが、 いままで出会ったことがないのです。 高架が出来てからはそれほど薄暗さを感じら…

【巨大!!古代道路】京都山科に東山道/東海道を探す

「信濃なる 千曲の川の さざれ石も 君し踏みてば 玉と拾はむ」 (信州の千曲川の石も、あなたが踏んだものなら 宝石だと思って拾いましょう) ※千曲川(千曲市観光協会HPより) 万葉集の東歌の一首です。 ・上毛野安蘇の真麻群かき抱けど飽かぬを何どか吾が…

【異国の北野天満宮②】臥牛像の謎

◆臥牛像の謎 wikipediaより 北野天満宮を訪れると多くの牛の像があり、 なぜ牛の像があるの?? と疑問に思われる人も多いのではないでせうか? 今回は、このなぞ解きをしたいと思います。 北野天満宮のHPを見てみると次のように書かれている。 御祭神菅原…

【異国の北野天満宮①】三光門の謎

今回は、北野天満宮へ異国を探しに行きませう。 ◆星欠けの三光門 北野天満宮の参道をまっすぐ行くと三光門がある。 北野天満宮は菅原道真を祀ることで知られているが、それより以前から天神を祀っていた(続日本後記)。この天神信仰は三光信仰といい、日月星…

【京都と出雲氏】 消えた出雲族を探して⑩(完)

沈む出雲氏・昇る賀茂氏 ◇山城賀茂氏は天津族!? 山背の開拓者・出雲氏は衰退していく中、 賀茂氏は勢力拡大に成功する。 勢力拡大の要因の1つが、 平安京遷都の際に王城守護の地位を手に入れたことだろう。 上賀茂・下鴨神社は、伊勢神宮に次ぐ社格を与え…

【京都と出雲氏】 消えた出雲族を探して⑨

消えゆく山背出雲氏 ◇出雲郷からの逃亡者 山背国愛宕郡出雲郷計帳によれば、 かなりの数の女性が出雲郷から逃亡した記録が残っている。 なぜ逃げる必要があったのだろうか?? 原因の1つに洪水被害(付随する疫病)があったのではないかと想像する。 出雲路付…

【京都と出雲氏】 消えた出雲族を探して⑧

山背出雲氏の発展 山背国で出雲氏は300人を超える勢力にまで成長するのですが、 この勢力拡大の裏に何があったのでしょうか。 ◇出雲臣を称する人々 「山背国愛宕郡出雲郷計帳」によれば・・・ 雲上里の8人の戸主(家の代表)は、全員「出雲臣」で 雲下里の…

【京都と出雲氏】 消えた出雲族を探して⑦

◇山背出雲氏の出自 京都の出雲路に住んでいた出雲族はどこからやってきたのでしょうか? 難題ですが、手掛かりはあります。 【山代郷の正倉】 ここで山背国から出雲国に目を転じてみます。 出雲国の中心地は、大和に近い意宇(おう)郡である。 出雲国国府つま…

【京都と出雲氏】 消えた出雲族を探して⑥

京都の出雲族 ◇奈良時代の住民台帳 京都にも出雲族がいたのでしょうか?? この問いの答えは、 正倉院に保管されている書物にありました。 ナイス!!正倉院!! 「山背国愛宕郡出雲郷計帳」という 税金を徴収するための住民台帳です。 726年の京都の出雲郷…

【京都と出雲氏】 消えた出雲族を探して⑤

記紀の中の出雲(神武東遷以降) 国譲り後の記紀を見ていきませう。 ◇天孫降臨ー神話から歴史へ アマテラスは地上界にニニギを派遣します。ニニギは九州に天孫降臨。 降臨以前が神話の世界で、降臨以降が人間界の話,つまり歴史になります。 天孫族に寿命ができ…

【京都と出雲氏】 消えた出雲族を探して④

記紀の中の出雲族(出雲神話) ◇記紀の歴史学的価値 記紀は戦前の皇国史観のアレルギー反応から歴史と結びつけることがタブー視されてきました。また、出雲を低くみる傾向があり、出雲神話は完全なフィクションとみるのが大勢でした。しかし、時間の経過ととも…

【京都と出雲氏】 消えた出雲族を探して③

三輪山のオオモノヌシの謎 ◇出雲族のリトマス試験紙 狭義の出雲、つまり出雲地方の出雲族というのは割合わかりやすい。 しかし、出雲族はフロンティアスピリッツにあふれる民族なので、 出雲地方を離れて広範囲に活動している。 そこで問題になるのが、 故地…

【京都と出雲氏】 消えた出雲族を探して②

考古学から見る出雲族 ◇出雲族とは 出雲族は、どんな一族だったのでしょうか?? この問いに対する答えは・・・ 「分からない!!」 というのが一番誠実な回答でしょう。 (行雲のような「出雲族」) 古代出雲族についての情報は、古事記・日本書紀等の伝説や…

【京都と出雲氏】 消えた出雲族を求めて①

出雲族の気配 ◇鴨川デルタ 賀茂川と高野川の合流点は、 鴨川デルタ(正確には三角州ではないですよ。)と呼ばれ、 大学生サークルの宴会のメッカです。 私が大学生のころも、 ・外で飲むときは、「鴨川デルタ」、 ・店で飲む時は「三条土下座像前」 に集合とい…

【上御霊神社と光琳・燕子花図屏風】

◇弯曲する上御霊前通り 上御霊神社周辺の地図です。 大きく弯曲する道(上御霊前通り)がありますね。 現地の写真がこちら ↓ 京都にはあまり見かけない道筋だと思います。 これは何かというと・・・今出川の痕跡です。 同志社大学の近くにある今出川通の名前の…

【相国寺・七重塔】 幻の大塔を求めて④

前置きが長くなりましたが、相国寺大塔の場所をさがしませう。 ①地名②古地図③洛中洛外図屏風④古文書⑤高低差からアプローチしてみます。 ◇地名 前回、相国寺大塔の基壇が、一辺:30m、高さ:2m以上と推定しました。 非常に大規模な基壇だったので塔が焼…

【相国寺・七重塔】 幻の大塔を求めて③

件の大塔はどこにあったのでしょうか?? そして、今でも痕跡は残っているのでしょうか??? 場所をさぐる前に、七重塔の規模を推測してみませう。 ◇中古京師内外図 中古京師内外図によれば、 109m×109mの敷地に七重塔が立っていたとのこと。 しかし、この地…

【相国寺・七重塔】 幻の大塔を求めて②

相国寺大塔に関する資料をまとめると(てきとーな現代語訳)… 【大日本史料】 ・1392年11月1日 相国寺大塔の基礎を定めたよ ↓ 【相国考記】 ・1393年6月24日 柱をたてたよ ↓ 【大日本資料】 ・1399年9月15日 大塔ついに完成。 ・義満、1000名の僧侶をひきつれ…

【相国寺・七重塔】 幻の大塔を求めて①

京都の仏塔といえば… まず、東寺の五重の塔、八坂の五重の塔が思い浮かびますよね。 でも。。。 かつて、京都には、とんでもない高さの七重の塔があったのです!! その名は。「相国寺大塔」。室町時代に立っていて今はもう存在しません。 どれくらいの高さ…

そうだ。京都に行こう。

「そうだ。京都へ行こう。」 京都には不思議な引力があります。 いざ古都の風景を求めて町を歩いてみるとビルや建売住宅が意外に多くがっかりされる人も多いのではないでしょうか。 しかし、古地図や資料を片手に目を凝らせば、そこかしこに歴史の痕跡がひっ…